事務所トピックス
葵法律事務所

つい先日、2歳の子供の虫歯治療で、歯科医師が歯茎にリドカインという局所麻酔薬を注射したところ、痙攣を起こし、低酸素脳症となって死亡したという痛ましい事故の報道がありました。
実は、当事務所においてもほぼ同一内容の死亡事故を扱っており、現在訴訟係属中ですので、局所麻酔薬中毒の問題について、医療者や一般の方への注意喚起の意味も込めてここで取り上げてみたいと思います。

当事務所で扱っている事故の事実経過は、概略以下のとおりです。
若い男性患者が肩凝りの治療のために行きつけの整形外科クリニックに行くのですが、そこで、首から背中にかけて局所麻酔薬リドカインを注射されます。
すると、その直後、患者は医師の目の前で意識を消失し、心停止の状態となります。
その後、患者は、同じ行政区内にある大学病院に救急搬送され、いったん蘇生しますが、すでに重篤な低酸素脳症に陥っており、結局亡くなられてしまったのです。
ニュース報道された事故との違いは、歯科医と整形外科の違いくらいで、その他の点は非常に類似しています。

本件で整形外科の医師が行った注射は、圧痛点に局所麻酔薬を注入するトリガーポイント注射と呼ばれるもので、ペインクリニックや整形外科においては、神経ブロック注射と同様に一般的に行われている治療法ですが、局所麻酔薬を脳につながる動脈に誤注入してしまうと、急激な意識消失、心停止となり、対処を誤ると命に関わります。
そのため、事故の発生を未然に防ぐことがまず重要であり、たとえば、穿刺後、局所麻酔薬を注入する前に、バックフロー、つまり、注射針をいったん引き戻し、血が混じっていないかを確認する手技を実施するであるとか(血が混じっていれば注射針は血管内に入っていることになります)、局所麻酔薬を少量ずつ入れながら様子の変化を確認するであるとか(症状は急激に出て来ます)といった慎重な手順を踏むことが必要とされています。
しかし、万一事故が起きて、患者の容態が急変した場合は、今度は慌てずに速やかな救命処置を取ることが何よりも肝要となります。
急変した場合の具体的対処としては、引き金となった局所麻酔薬の血中濃度を下げるための処置も必要ではありますが、患者が心停止に陥っている以上、何よりも優先して実施すべきなのは、胸骨圧迫、人工呼吸、アドレナリン投与といった救急蘇生処置ということになります。
人間の体では脳が酸素の4割を消費しますので、脳への酸素供給が一定時間以上途絶えてしまうと、脳に障害が残り、低酸素脳症となりますから、それを防ぐためにただちに脳への酸素供給のための手技を実施しなくてはならないのです。
実際、私たちが相談したペインクリニックの専門医が経験談として語っておられたところでは、局所麻酔中毒による心停止に陥っても、すぐに胸骨圧迫、人工呼吸、アドレナリン投与等の蘇生処置と急速な輸液等を行えば、患者は、ほどなく、あっけないほどすんなりと、まるで何事もなかったように目覚めたそうです。

私たちが扱っている症例も、今回の報道の症例も、それぞれの日常の診療の領域が、命に関わるものではないという点や市中のクリニックでの事故という点で共通しており、おそらくそれまでに患者が目の前で心停止するといった経験がなかったのだと思いますが(少なくとも私たちが扱っている症例の場合はそうです)、ペインクリニックの専門医は、局所麻酔薬を使用する医師に使用法を誤ると命に関わる薬剤を扱っているという危機感が乏しい医師が少なからずいるということを非常に危惧していると話されていました。
つまり、私たちが扱っている事故や今回の報道の事故のように、局所麻酔薬の投与には命に関わる事態を招くリスクが内在しているのですから、局所麻酔薬を麻酔処置や神経ブロック治療などのために日常的に使う医療機関においては、何よりも慎重な手技のトレーニングの徹底と、救命蘇生が必要となる事態への備えが必須であるにもかかわらず、そうした患者の命を守るための備えや危機意識がないまま、安易に局所麻酔薬が使われているという実態があるというのです。

実際、私たちの扱っている症例でも、整形外科医は、救命蘇生の第一選択薬とされているアドレナリンを常備していながら、心停止後、なぜかそれを使っていません。
アドレナリンには心拍を増強し、末梢の血管を締める作用機序があるので、脳などの主要臓器への血液循環(つまり酸素供給)が優先的に確保されるということで、現在は、救急隊員でも投与可能となっているものです。
裁判の前に事故を起こした整形外科医に会った時、アドレナリンを投与しなかった理由について尋ねると、「血流がないから意味がない」と述べていましたが、だとすると、胸骨圧迫を実施する意味すらわかっていないことになります。
胸骨圧迫や人工呼吸等は、「救急蘇生のABC」と呼ばれ、大学や臨床の実習で学んでいるはずのごく初歩的な知識ですが、現実には、それすら理解していない医師が心停止の危険を孕んでいる局所麻酔薬をごく日常的に使っているという現状には空恐ろしさすら感じます。

およそ命に関わらないはずの、「肩凝り」や「虫歯」の治療でなぜ大切な命が奪われたのか、亡くなられた患者やそのご遺族の無念さを思うと、救急蘇生処置すらまともにできないような医師は、そもそも局所麻酔薬を扱う資格がないのではないかとすら思わざるを得ません。
あなたの通っているクリニックは大丈夫でしょうか?
医療者、そして一般の方々に、そのような注意喚起をしたいと思って、ちょっと長くなりましたが、今回の記事を書かせていただきました。
参考にしていただければ幸いです。

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