事務所トピックス

事件日記~突然の成年後見人選任の申立

弁護士 折本 和司

20年以上も交流のあった依頼者の女性が癌の余命宣告を受けられ、相談したいことがあるという連絡をいただいたのは今年5月のことでした。

実はこの方には、障害を抱え、後見を要する状況にあるお子さんがおられ、また多少込み入った事情もありました。

亡くなられた方は、お子さんのことを最後まで気にかけておられましたので、6月にはご自宅まで伺い、いくつか助言を差し上げるなどしたのですが、彼女の訃報が届いたのは、それからわずか10日後のことでした。

お会いした時は、気丈に明るく振舞っておられましたので、まさかこんなに早くお亡くなりになられるとはと驚きましたが、死後への備えのために、きっと最後の力を振り絞られたのだと思います。

 

その突然の訃報から数日後、私は、後見を要するお子さんのために10人近い福祉関係者が集まる地元の会合に出席しました。

お子さんといっても、すでに成人されているのですが、おひとりで暮らすのは到底無理な状況でした。

これまではずっとお母さんと二人暮らしで、お母さんが日ごろの面倒を見ておられましたが、とにかくご本人が安心して暮らせる環境を構築してあげる必要があるということで、すでに仮入所された施設の担当者も含め、様々な関係者が集っておられたのですが、福祉関係者の方々の真摯なやりとりをそばで見ていて非常な感銘を受けました。

ご本人が安心して暮らせるよう、寄り添って生活を支えてあげるということは、これからずっと継続して行かなければならないわけでそれ自体本当に大変なことと思いますが、日々の細かいところまでご本人にとって負担にならない方法を考えながら、役割分担を決めて行く福祉関係者の方々の努力には本当に頭が下がります。

 

もちろん、弁護士には弁護士の役割があります。

やはり、今回の場合は、突然に近い亡くなられ方だったので、重要な書類一つとっても、どこに何があるかすらわからない状況でしたが、当面の目標は、とにかく、早く成年後見人の選任申立を行い、契約や金銭の支払いなど、法律的な手続が進められるようにして行くことなので、緊急性の低いものや、現時点では処理できそうにないものはすべて後回しにして、申立の準備を急ぎました。

厄介だったのは、「要後見状態」であることの証明で医師の診断意見書が必要となるのですが、今回のご本人の場合、かなり以前にそれに類する診断は受けているものの、以後、特に主治医にあたるような医師がいないため、イチから診断意見書を書いて下さる医師を確保しなければいけないという事情もありました。

そのため、本人に関わっていた複数の医療機関にあたり、事情を話してなんとか診断意見書を書いてもらい、その間に戸籍謄本などを揃えるなどいろいろな手はずを整えて成年後見人選任申立の手続を行うことができました。

裁判所も事情を理解してくださり、ほどなく後見人選任に至りましたので、これから順次法的手続に取り掛かることになります。

 

考えてみると、私は、ご本人とも20年以上の面識がありますので、お母さんに頼まれ、ご本人の人生に関わって行くということについては、すごく不思議な縁を感じています。

何よりも、ご本人が安心して暮らして行けるように福祉の方をバックアップしていくことが亡くなられたお母さんに対する何よりの供養であると肝に銘じて、これから成年後見人の職務を遂行して行きたいと決意を新たにしています。

 

2021年09月05日 > トピックス, 事件日記

日々雑感~名ばかり緊急事態宣言を繰り返す愚とデルタ株のまん延がもたらすもの

弁護士 折本 和司

またもや緊急事態宣言が発出(すでに出ていた東京は延長)されました。

そんな状況下でも、利権目当てのオリンピックは開催にこぎつけ、コロナの感染者数が急増する一方で浮世離れしたお祭り騒ぎが繰り広げられるという、例えていえば、戦争で敵が城に攻め込んできているのに、城内で宴を開いているような矛盾した状況が起きています。

今回の緊急事態宣言についても、政治家連中は、毎度おなじみの「最後の」というフレーズをくっつけていますが、もはやギャグでしかなく、小池都知事の「最後のステイホーム」という発言に対しては、ネット上で、「続・最後のステイホーム」「新・最後のステイホーム」「最後のステイホーム・ファイナル」「帰って来た最後のステイホーム」「最後のステイホーム・レオ」など、その発言を揶揄する大喜利が繰り広げられていました。

しかし、緊急事態宣言も、それとどこが違うのかもよくわからないまん延防止~もコロナ対策としてはあまりに姑息的で無意味であることはもはや明白なので、安倍政権、そして今の菅政権のコロナ対策がいかに役に立たない、税金の無駄遣いであるか、そして、本気でコロナ感染を終息させるために何をすべきかについて書いておこうと思います。

 

まず、今の、人が集まるような施設、店舗に時短営業や要請し、飲食店には酒類提供の自粛を求めておいて、その見返りで給付金を支給するという内容の緊急事態宣言は、コロナ感染の終息という目的に対しては何の役にも立たないし、税金の無駄遣いです。

確かに、緊急事態宣言が施行され、1か月もするといったんはコロナ感染者は減少するということがこれまでもありましたから、時短や酒類の提供の制限に一定の効果があるという見方もあると思います。

しかし、コロナの難しいところは、無症状感染者が感染を広めてしまうことで、中途半端な対策では、感染者の徹底した把握も、人の動きを止めることもできず、結局は、無自覚の無症状感染者がいる限り、あちこちでウイルスをばら撒き、感染が再拡大することが繰り返されることになるのです。

特に、今回の感染者数の急増は、主としてデルタ株によるものなので、これまでとは明らかにフェーズが異なります。

デルタ株の感染力は、これまでのコロナウイルスに比べて感染力がけた違いといわれているので(ある記事によると、従来のウイルスはせいぜい一人が2・5人程度の感染力であったのに対し、デルタ株は、一人が7~8人を感染させるほど強い感染力がある、つまりそれだけウイルス量が多いというのことのようです)、中途半端な対策ではおよそ効果が見込めません(ましてやオリンピックというお祭りを並行して実施しているわけですからなおさらです)。

デルタ株の脅威の凄まじさはデータの比較によっても明らかです。

今回の感染者数の急増は、東京が発火点となっています。

その後、東京周辺に広がっていますが、春に急増した大阪は東京ほど急増していません。

この違いはデルタ株の占める割合の差によるものといわれています。

東京の場合、感染者数の90%がデルタ株であるのに対し、大阪は60%にとどまっているからです。

もちろん、大阪でも今後デルタ株の比率が高くなると予想されますが、少なくとも、現時点までの感染者数の推移を見る限り、東京でデルタ株が先行して広がったことが、東京圏における感染者数の爆発的増大を招いていることは明らかです(そしてそれが地方に広がっているわけで、今回の感染拡大の発火点が「東京のデルタ株」であることは明らかでしょう)。

 

菅首相は、感染者数が急増していることに対して、「人流は抑えられている」と的外れな返しをしていましたが(「ではなぜ増えているのか」と追及しないマスコミもレベルが低いとしか言いようがないですが)、そういえる根拠が不明なこともさることながら、そもそも人流抑制は、コロナ感染を抑えるための手段の一つにすぎず、およそ答えになっていません。

十分に予期できたはずの、「感染力が強いデルタ株がまん延する可能性」も踏まえ、先手先手で対策を立てるのが為政者の仕事であり、利権オリンピックの実施や選挙のことで頭がいっぱいで、思考停止に陥っているというほかありません。

 

去年からずっと申し上げていることですが、この状況で、感染を抑え込むためには、検査の徹底か、一定期間の完全なロックダウンの実施しかありません(もちろん、この二つの政策は厳密には二者択一ではなく、医療体制の拡充や入国後の移動の制限、きちんとした補償などと組み合わせてセットで行われる必要があります)。

ロックダウンの実施について、政府は、わが国にはなじまないなどと意味不明なことを言っていますし、憲法を変えなければできないと、この機に乗じて憲法改正につなげようとするような論調もありますが、誤った考えです。

人権が公共の福祉の制限を受けることを明記した現憲法下でロックダウンの実施は十分に可能であり、にもかかわらず、ロックダウンが実施されず、名ばかりの緊急事態宣言で自粛を促すというお茶を濁すような対策しか実施されないのは、目先の経済を停止させたくないという思惑であるとか、ロックダウンが、憲法29条により、国民に対する経済的な補償を行うことを国が義務付けられるのを怖れてのことなのかもしれませんが、いずれにしても本末転倒です。

実際、緊急事態宣言でも、極めていびつな形で、一部の事業者に金がばら撒かれ続けており、にもかかわらず、その効果は限られていて、期間が終了してしばらく経つと感染が増大するということが繰り返され、現在の感染爆発につながっているわけですから、これまでにばら撒いた金は、結局のところどぶに捨てたに等しいと言っても過言ではありません。

しかも、だらだらと中途半端な政策が続くだけで、体力の乏しい事業者はバタバタと潰れ、生活の基盤を失い続けています(私の地元である横浜の関内あたりでも、長く続いてそれなりに繁盛していたような店すらも次々と閉店しており、それを目にするだけで胸が締め付けられるような気持になります)。

 

もちろん、海外でロックダウンを実施した国でも、その後感染者数が増えているという反論はあるでしょう。

しかし、まずは、今の感染状況をいったん沈静化する必要があります(後述する、陽性率からすると、東京圏では数十万人以上の検査未了の感染者がいてもおかしくはありませんし、その人たちが周囲にデルタ株をまき散らしていると考えれば、いかに危険な状況かは容易に想像できるはずです)。

その後は、検査の徹底と、医療体制の拡充、入国後の移動の制限などをセットで行えばよいのです。

なぜならば、今の感染状況を放置すると、感染者数はさらに増え続け、日本全国にデルタ株がまん延することが強く危惧されるからです。

実は、ここのところの陽性率は以前とは大きく異なり、跳ね上がっています。

東京では20%を超え、川崎ではなんと40%を超えています。

このことについて、先日、コロナ対応の最前線で懸命に闘っておられる医師から伺いましたが、この検査数と陽性率の関係については、WHOによれば、5%を超えるかどうかというのが感染をコントロールできているか否かの目安なのだそうです。

つまり、5%を超えなければ、感染増大が危惧されるという状況ではないけれど、5%を超えるということは、市中感染が進んでいることを示し、実際には、それよりも多くの感染者が存在していると見られるのだそうです。

その陽性率が5%を超えるどころか、20%、さらには40%となると、もはや、潜在的な感染者がうじゃうじゃいて、しかもそれが感染力の強いデルタ株ということになると、感染者数のさらなる爆発的増大のリスクはらに高まります(また、医師がおっしゃるには、この時期は、コロナと区別がつきにくい熱中症の患者も多いので、熱中症の患者が紛れ込んでいる中で20%を超える陽性率となっている状況は尋常ではないと感じているそうでした)。

 

菅政権は、コロナのリスクを矮小化しようと必死ですし、高齢者の感染者割合が低いことや死者数が少ないことを理由に、ワクチンの効果が出ているとして、ワクチンに神頼みのようにすがっていますが、起き得るリスクを幅広く想定して、最悪に備えるのが為政者の役目であり、こんな人たちにかじ取りを任せていいのかと強い憤りを感じます。

感染者数が増えても、ただちに重症者数が増えるわけではなく、重症者数が増えても、ただちに死者数が増えるわけではありませんが、要はタイムラグがあるだけで、このまま行けば、いずれ重症者数、死者数が跳ね上がって来ることは必至です。

ついでにいいますと、菅首相は、中等度は自宅でととんでもないことを言い放ち、その後、批判を浴びて、曖昧に撤回しましたが、とんでもない発言だと感じたのは、私だけではないでしょう。

先日お話を伺った医師からも「一定の症状が出ているコロナ患者に対しては、重症化しないように抗ウイルス効果が見込めるレムデシビルの投与等の治療が必要であり、そのためには入院が必須なのに、みすみす重症化させてしまうことになる。政府はコロナに対する医療のことを何もわかっていない」というお話があり、菅首相の発言には憤慨されていましたが、まさに棄民政策を採ると言い放ったに等しく、この人物は国民の命を守るために働く気がさらさらないのだということを改めて強く感じました(やるべきは、断じて患者の切り捨てなんかではなく、検査、医療体制の拡充であり、自宅以外で必要な医療を受けられるような体制作りのはずです)。

 

とにかく、中途半端な政策をだらだら続けても、コロナ感染の爆発的な拡大は防げません。

与野党の垣根を越えて、国民のために何をすべきかを真剣に考えようという人たちが力を合わせて、医療者など専門家の言葉に真摯に耳を傾けて、一刻も早く、コロナにきちんと立ち向かう政策を実施してもらいたいと、心から強く強く望んでいます。

 

2021年08月09日 > トピックス, 日々雑感

医療事件日記~厚労省が定めた「三原則」を守らない電子カルテの証拠保全Part1

葵法律事務所

最近行った証拠保全で呆れかえるくらいでたらめな電子カルテに出くわしました。
いろいろと由々しき問題を含んでいると思いますので、取り上げてみたいと思います。

受任事件は整形外科の症例ですが、医師の落ち度は明白であり、かつ結果も非常に重大となった事故に関するものです。
すでに任意開示で一部の記録は入手済みだったのですが、たとえば、手術記事に肝心な経過が記載されていないなど、記載内容に疑義があって、改ざんされた可能性もあることから、証拠保全の申立に踏み切りました。
当日、病院に赴くと、すでに会議室のような場所に医療記録一式が置かれていました。
しかし、電子カルテですので、それではだめだということを告げ、パソコンの画面上でデータの更新履歴や、出力画面で漏れがないかを確認する必要があると話したのですが、事務方の担当者は、その理由がよく理解できず、しばらくは嚙み合わないやりとりが続きました。
そのやりとりの中で、事務方の担当者に、「この病院の電子カルテはどこのベンダーのものか」と尋ねてみたところ、「自前で構築したものだ」という説明がありました。
自前で構築した電子カルテに出くわしたのは2度目のことですが、この時点でちょっと嫌な予感がしたのです。
実は、電子カルテは、同じベンダーのものでも、医療機関の要求や実情に合わせて仕様がアレンジされていることがあり、保全の際にそれに応じた対応が求められ、てこずることもあるのですが、自前の電子カルテとなると、より病院側に都合のよい仕様になっている可能性があることが予想されたからです。
本来、今回の証拠保全の対象となる診療期間は実質的には3日間なので、スムーズに行けば午後4時前には終わると踏んでいたのですが、その後、この嫌な予感が的中する事態となります。

事務方の担当者では埒が明かないため、電子カルテを扱える別の担当者が対応することになりました。
ただ、ノートパソコンでは印刷ができないとのことで(それもおかしなことではあるのですが)、デスクトップパソコンが置いてある事務局スペースに案内されます。
そこで、私たちは、驚愕の事実を知ることとなります。
この病院の電子カルテのシステムでは、個々の記載の更新履歴を画面上に表示することができず、そのため、更新履歴についてはプリントアウトすることもできないというのです。
「そんなばかな」ということで、「何とか表示できないのか」と食い下がりましたが、担当者は、「そういうシステムになっているので、どうしようもありません」と答えるばかりです。
まあ、こう書くとにべもない対応のように聞こえますが、実際には、担当者の方は、とても誠実な方で、尋ねたことにもきちんと答えてくださり、要求したことにも嫌な顔をみせることもなく丁寧に対応してくださっていたのですが、仕様の問題で如何ともし難いということで申し訳なさそうな様子でした。

この「更新履歴が表示されない」「印刷できない」という不具合は、一般の方からするとピンとこないかもしれません。
しかし、私たちが証拠保全を行う目的は、その時点までのデータをすべて入手し、真相解明に役立てることですから、過去の更新履歴が保全できないのでは証拠保全を行う意味がないに等しいのです。
実際、カルテの改ざんは、日常茶飯事とまでは言いませんが、全然珍しいことではなく、そのため、更新される前の記事を検証することは必要不可欠なのです。
そうしたことを防止するため、電子カルテについては、厚労省が定めた「三原則」といわれるものがあります。
このことは前にも書きましたが、再度書きます。
そもそも、カルテは紙媒体による保存が義務付けられていたのですが、その規制が緩和され、電子保存が可能となった際に、厚労省は、「電子保存の三原則」なるものを定めました。
その三原則とは、「真正性」「見読性」「保存性」の3つです。
この内、「真正性」とは、正当な人が記録し確認された情報に関し第三者から見て作成の責任の所在が明確であり、かつ、故意または過失による、虚偽入力、書き換え、消去、及び混同が防止されていることです。
次に、「見読性」とは、電子媒体に保存された内容を、権限保有者からの要求に基づき必要に応じて肉眼で見読可能な状態にできることですが、「診療に用いるのに支障が無いこと」だけでなく、「監査等に差し支えないようにすること」も必要とされています。
また、「保存性」とは、記録された情報が法令等で定められた期間に渡って真正性を保ち、見読可能にできる状態で保存されることです。
こうしたことは厚労省のガイドラインに書かれていることですが、電子データである電子カルテの場合、容易に書き換えができ、痕跡を残さず改ざんできてしまうという代物ですので、「紙カルテと同等のもの」が確保されていなくてはならないとされたわけなのです。

今回の病院の電子カルテが、この内の「見読性」の原則に反することは明らかでした。
ただ、そうはいっても、そのまま帰るわけには行きません。
そこから、現場での悪戦苦闘が始まったのです。
最初にも書いたように、医療事故の真相究明の観点からして、これは非常に由々しき問題であり、そうしたことも含めて、Part2に続きます。

2021年07月04日 > トピックス, 医療事件日記

日々雑感~「東京オリンピック」を中止すべき理由について

弁護士 折本 和司

ゴールデンウイークに入ったので、久々に連投します。

 

ちょっと前に、宮本亜門さんが東京オリンピックの中止を訴えておられましたが、全く同感です。

一方、政府や組織委員会は、国内外でコロナウイルス感染が収まる気配が見えない中で、スポンサー絡みの聖火リレーをこそこそ続けたり、さらにはオリンピックのために医療者を500人確保すると宣言するなど、相変わらず、国民の命や健康よりもオリンピックの開催を優先させる姿勢を変えていません。

政策の優先順位として論外であり、怒りを禁じ得ませんが、オリンピック開催の可能性という観点からしてもずれているとしか言いようがありません。

もはや、オリンピックが、多くの諸外国や多くの国民が納得する形で開催されることはおよそ期待できないからです。

以下、私が東京オリンピックを中止すべきと考える理由について述べます。

 

今回の東京オリンピックは、招致の段階から、安倍首相が原発事故の影響についてアンダーコントロールと実態とかけ離れたプレゼンテーションを行ったり、震災の地と離れた場所での開催なのに「復興五輪」を謳ったり、さらには、海外の捜査で、IOCの委員への買収疑惑が取りざたされたりする等、のっけからケチの付き通しでした(そんなことに比べれば、一時大きく取り上げられたエンブレムに関する疑惑など、かわいいものだったと感じる人も多いのではないでしょうか)。

さらには、コンパクト五輪を謳いながら、いざ招致が決まると、みるみる予算が膨れ上がり、当初7000億円強程度だったはずの予算額は、いつの間にか数兆円は下らないとも言われるようになっており、オリンピック利権という甘い蜜に有象無象が群がっているようにしか見えない状況になっています。

これは日本だけの問題ではなく、オリンピック自体が、ロサンゼルスオリンピックの頃から、商業五輪へと変質し、腐った商業主義が究極にまでエスカレートしてしまっていることの現れともいえるでしょう。

オリンピックが夏の暑い盛りに実施されるようになった理由も、高額の放映権料を支払うアメリカのテレビ局の都合が優先されたためだそうですが、言うに事欠いて、招致の際に、日本政府は、この時期の穏やかな気候が開催に適しているという発言をしてもいました。

しかし、マラソンなどの体力の限界に挑む過酷な競技が酷暑の盛りに行われることが如何に危険であるかは子供でもわかる話で、そのこと一つを取っても、「アスリートファースト」は口先だけで、オリンピックビジネスを成功させるためだったらなんでもありという印象を抱かせます。

要するに、もはやオリンピックは、それに乗っかって一儲けしたい人たちのためのイベントに成り下がっており、このような商業主義が跋扈している限り二度と誘致すべきではないし、オリンピック出場を夢見て頑張って来られたアスリートの人たちには申し訳ないのですが、「アスリートを利用し、食い物にする銭儲けのための運動会」という根っこが変わらない限り、世界の何処であれ、開催されること自体に否定的な感情が湧いてくるほどです。

 

そんなわけで、オリンピック自体に否定的な考えを持っている私ですが、そうした考えをいったん封印した上で、今のコロナ禍におけるオリンピック開催の是非という点のみに絞って意見を述べたいと思います。

ですが、コロナ感染の広がりとの関係のみからしても東京オリンピックの開催は無理だというのが、かなり前からの私の結論です。

もちろん、コロナ感染については、感染抑制のためにどのような政策が採られるかによっては、あと3か月弱の間に劇的に収束する可能性がまったくないとまではいえませんので(まあ、その可能性もほとんどないでしょうが)、日本国内のことだけにフォーカスするなら、もう少し様子を見てからという考え方もあり得なくはないのかもしれません。

また、無観客開催とか、入国者数を制限するとか、入国の際の検査を徹底するとかいったことで、感染拡大を防ぐ取り組みが一定程度奏効する可能性もないとはいえないでしょう。

 

しかし、国内におけるコロナウイルス感染リスクをある程度抑制できたとしても、別の視点から見れば、やはり東京オリンピックの開催はおよそ不可能であり、このままで行けば、中止に追い込まれることは必至と思います。

なぜならば、仮に国内の感染がある程度抑制されたとしても、世界中のコロナ感染状況があと2か月くらいの間に劇的に改善することはまずもってあり得ないからです(実際、ここに来て、変異株が一気に広まっていますし、インドではたった3日で100万人以上、一日あたり40万人以上が感染するという凄まじい状況になっています)。

自国内のコロナ感染がある程度収まらない以上、そう遠くない時期にかなりの国がオリンピックへの参加をボイコットするという決断をすることになり、そうなれば、世界のアスリートが平等に参加できるイベントとはいえなくなるに違いありません。

欧米ではワクチン接種が進んでいる国もありますが、十分に行き渡っているわけでもありませんし、あちこちで変異種も発生していて、ワクチンがそのすべてに効くのかも不明です。

要するに、世界を見渡せば、コロナパンデミックが収まる気配はなく、冷静に見れば、日々多くの感染者が出ている国の人たちにとっては、とてもオリンピックイベントなんかにうつつを抜かしているどころではないでしょう。

もちろん、未だ予選すら開催できていないという競技もあります。

オリンピックは、世界の最高峰のアスリートが一斉に集い、培った力を競う4年に一度の貴重な機会ではありますが、コロナ禍で混乱する世界の現実を見れば、スポーツ大会の開催が優先されるべき状況でないことは明白です。

 

かつて、政治や戦争などでオリンピックが開催できなかったこともあり、また一部の国のボイコットによりアスリートが無念の涙を流したこともあるわけで、「スポーツと平和の祭典」であるはずのオリンピックが政治や戦争などに左右されることなく開催され、全世界のアスリートが集えることには、何物にも代えがたい価値があります(そこが変質してしまっているということに抗うべきであると思うのですが、その点は措きます)。

ただ、逆にそうであるがゆえに、もはや全世界のアスリートが集えることができないことがほぼ確実となっている東京オリンピックを、世界中でコロナにより多くの命が日々失われている現実から目を背けてまでして、開催に向けて血道を上げることが、如何に誤った選択であるかは火を見るより明らかではないでしょうか。

もし、このまま開催につき進めば、他国の人たちからも軽蔑され、また大部分の日本国民からも批判を浴びるという、「呪われたオリンピック」になることは想像に難くありません(逆に、ここで開催を断念すれば、その決断については多くの国から理解は得られるでしょうし、またこれまでの準備が無になったことへの同情も集まるはずであり、その方が国益に叶うとも考えられます)。

もちろん、そこから先のことは、各競技の国際団体が中心になって考えることかもしれませんが、もし、来年あるいは再来年になってコロナの状況が落ち着けばオリンピックに代わる個別競技の世界大会を実施するという目標を立てるということはありかもしれません。

オリンピックに向けてトレーニングを積み、研鑽を重ねて来たアスリートの人たちに報いてあげるという意味があると思うからです。

 

とにもかくにも、諸外国が次々と参加ボイコットを表明した挙句に中止に追い込まれる前に自ら中止を表明し、徹底したコロナ対策に注力して国民の生活を守ることこそが、政府の取るべき道だというのが私の意見です。

2021年05月02日 > トピックス, 日々雑感

日々雑感~国民を「緩慢な死」に追いやる政府や一部自治体のトップらの無策に憤る  

弁護士 折本 和司

 

いったい、今の自公政権はコロナ禍で苦しむ国民のことをどう思っているのか、本当に疑問だし、憤懣やるかたない気持ちになります。

東京や大阪などに3度目の緊急事態宣言が出ました。

ゴールデンウイークを直撃するものですし、日本の二大都市圏を狙い撃ちにするわけですから、国民の生活に重大な影響が生じることは避けられません。

という以上に、地道に生活している人たちにとって、生活の基盤を奪われ、生死にすら直結しかねないわけで、その状況を思うと胸が苦しくなります。

すでに、私たちの職場である横浜関内近辺でも飲食店を中心に閉店を余儀なくされた方々が大勢おられます。

対策の遅れ、混乱は、もはや一刻も許されないはずなのに、いったい、この国の政府は何を考えているのでしょうか。

実際、今回の緊急事態宣言はもう結果が見えていると思います。

宣言からしばらく経った時点では多少減少するかもしれませんが、緊急事態打ち切りでそこからほどなくすれば再び感染者数は増大するでしょう。

要はそんなことの繰り返しなのです。

そんな中途半端な効果しか見込めないのに、かき入れ時のゴールデンウイークにかけて宣言を出されれば、観光やレジャー、飲食、ショッピングなどを中心に、幅広い業種にダメージを与え、さらにはそれぞれの業種で働き、生計を得ている多くの国民の収入源を奪う結果となるのです(あくまで自粛「要請」ですので、それに見合う補償もありません・・・ここが本当にずるいのです)。

 

大多数の国民は、これまでずっと国の政策に疑問を感じながらもその要請に従って歯を食いしばって政府の要請に従って協力して来たにもかかわらず、政府は相変わらず小手先の対応に終始し、コロナ終息のための有効な手立てを見いだせないでいます(なのに、オリンピックだけは、すっとぼけて開催すると断言し続けています)。

今回の緊急事態宣言に至っては、1月に緊急事態宣言、3月にどこが違うかよくわからない「まん延防止措置」に切り替えて、舌の根も乾かないうちに、大々的に宣伝した「まんぼう」の結果の検証すらないまま、よりにもよって、ゴールデンウイークにぶつける形で慌しく発令されたわけで、今の自公政権の混乱ぶりは目に余ります。

というわけで、執るべきコロナ対策のことなどについてもう一度書いてみます。

 

約1年前の記事でも「政府がこのまま中途半端な政策を続けると、だらだらと感染が長引き、かえって日本経済や国民生活が重大なダメージを受けることになる」と書きましたが、まさにそのとおりの事態になっていると実感します。

日本は極東の島国であり、地続きのヨーロッパ諸国や広大な国土を持つアメリカ、ブラジル、インド等と異なり、コロナ感染の拡大が抑えやすいという地政学的な有利さがあるわけで、比較的感染者数が少ないのは、そうしたことの恩恵という面があります(それと日本人の真面目さ、勤勉さも影響しているのかもしれません)。

にもかかわらず、未だに感染がなかなか収まらず感染が再々拡大の様相を示している状況は、一言でいえば政府の無策によるものというほかなく、ここに来ての感染拡大は天災ではなく、もはや人災と断言してもよいでしょう(東京都知事、大阪府知事などがやっていることも五十歩百歩ですが)。

 

これも前に書いたことですが、コロナ感染を終息に向かわせるためには、検査の徹底か1か月程度の徹底したロックダウンに踏み切るしかないと思います(ほかにも消費税ゼロ、公平な収入補償など併用すべき政策がありますが)。

しかし、今の自公政権が打ち出している政策はあまりに中途半端であり、大都市部を中心に一定以上の感染者いる現状において、今のやり方で感染を封じ込めることはおよそ不可能です。

多くの国民が、緊急事態宣言に従わなくなりつつあるのは、自粛疲れということもあるでしょうが、真面目に自粛しても感染が収まらないであろうと多くの国民が感じていることが大きいのではないでしょうか。

実際、緊急事態宣言がいかに的外れなものであるかは、現実に歓楽街、オフィス街が混在する関内あたりで生息しているとよくわかります。

たとえば、飲食店ですが、緊急事態宣言下で午後8時に閉まるとなると、午後6時ころからは店は非常に混みあいます(逆に、時短要請に従わないところは、午後8時以降に混み混みとなっているようでした)。

電車も普段と異なり、午後8時すぎまでが非常に混雑しますし、スーパーなども早くに閉まってしまうため、早い時間帯から混みあっています。

つまり、皮肉なことに、緊急事態宣言によってかえって「密」が作り出されているわけです。

さらに問題なのは、いびつに金をばらまいてまで実施した時短要請にどの程度の効果があったかが疑わしいということです。

最近目にしたある統計において、一般の飲食店での飲食は主要な感染ルートではないという結果が指摘されていました。

確かに、飲食店はもしクラスターになれば商売自体できなくなるので、多くの店が感染対策には気を配っていますし、客もエチケットとして、マスクや消毒、距離を保ち、大声で話さない等、気をつけていますから、一般の飲食店に対する時短要請は感染の抑制という点ではたいした効果がないという意見には十分に首肯できるところがあります(今年1月の時短要請で感染者が減ったのは、一般的な飲食店ではなく、濃厚接触を基本とする性風俗系の飲食店の多くが休業したことが大きかったと見ても矛盾しません)。

にもかかわらず、政府や東京都知事などは、相変わらず、飲食店での飲食が諸悪の根源であるがごとき発言を繰り返し、緊急事態宣言下で、飲食店の時短の要請に加え、ここに来て酒の提供を止めるようにとまで言い出していますが、何を根拠にそんな妄言を吐くのでしょうか?

政府や東京都知事などの発言は、メッセージとして重いものであり、人々の心理や行動に大きく影響するのですから、きちんとしたエビデンスが示されなくてはならないはずです。

私たち国民は、そのことに疑問を持ち、エビデンスを示すよう、声を上げなくてはならないと強く思います。

「GO TO~」についても、政府は感染を助長したことを認めていませんが、感染者数の推移からすれば、その影響は明らかだし、前倒しで再開した宮城県の感染者数の増加という事実も、「GO TO~」が感染拡大を持たらした可能性が極めて高いことを裏付けています。

しかし、政府は、相変わらず、「GO TO政策」に執着しています。

最近も、奈良県では、「GO TO~」再開を決め、医療者からの反発を受け、慌てて取りやめたということがあり、奈良県が批判されましたが、「GO TO~」の再開については「GO TO~」を推進する政府側の組織があり(さらにいえば、その背後で甘い汁を吸おうとしている連中がいます)、そこからの働きかけがあるわけで、最も批判されるべきは、相変わらず「GO TO~」に執着する政府の姿勢であるべきです。

飲食店や集客施設を感染の巣みたいに取り上げて自粛要請のターゲットにしているのは、「GO TO利権」隠しのためのスケープゴートではないかとすら感じます。

もちろん、観光、旅行業界は大変です。

しかし、コロナ感染の終息が見えない状況で、大都市圏から地方への感染の広がりを助長する「「GO TO TRAVEL」も、飲食店への自粛要請と明らかに矛盾する「「GO TO EAT」も、それ自体、いびつな政策だし、依存を招くだけで、長い目で見れば逆効果になりかねない愚策に違いないと思うのです。

とにかく、「GO TO~」にせよ、飲食店などへの時短要請の協力金にせよ、国民の税金が使われています(本稿に直接関係はありませんが、オリンピックにも、リニア新幹線建設にもです)。

コロナ対策と称して、政権に近い人間や組織が甘い汁を吸っていると実態があるわけで、詰まるところは、私たちが汗水たらして働いている中で、国民から吸い上げられた税金の使い道に関することに、私たち国民が関心を持って声を上げなければ、国民の命や健康を守るための政治なんておよそ実現不可能に違いありません。

 

話を戻します。

前にも書きましたが、今の日本でコロナ感染が収まらず、だらだらと感染が続く主な理由を2つ挙げます。

1つ目は、ずっと指摘していますが、コロナの場合、無症状感染者と健常者の見分けがつかず、一見すると健康に見える無症状感染者が日常生活の中で他人と濃厚接触をし、感染を広めてしまうためです。

性風俗系の店に行けば当然感染は広まりますが、そうでなくても身近な人との濃厚接触もあります。

症状の発現時期と他者への感染が広がる時期が一致するインフルエンザとの違いは決定的に大きく、コロナ感染が容易に収まらない根本原因はここにあります。

2つ目は、これも前に指摘しましたが、大都市、特に東京圏(神奈川、千葉、埼玉の通勤圏を含む)では、すでに潜在的な感染者数がけた違いになっている状況に陥っていることです。

大都市圏で潜在的な感染者数がけた違いになっているということは、緊急事態宣言が発令されて多少感染者数が減っても、潜在的な感染の広がりが完全に抑えられない以上、他者との接触の機会が増えれば当然に感染も広がるという悪循環が繰り返されることを意味します。

つまり、1つ目のコロナの特質を理解した上で、2つ目の大都市圏の潜在的な感染者数の増大をいかにして抑え込むかという発想で対策を考えない限り、将来、コロナが弱毒化するか、真に有効なワクチンが国中に行き渡るまでは、いつまで経っても感染の終息は見込めないことになります。

なのに、今年1月の緊急事態宣言以降、東京圏では全体的に検査人数が減っているとの王道もありますが、表向きの感染者数を少なく見せたいという意図が見え隠れしていると感じます(オリンピックもあるし、感染者数が増えれば政権や自治体のトップが批判を浴び、選挙で不利になるということもあるのかもしれません)。

しかし、これは本末転倒というほかありません。

この点、コロナのことについて騒ぎすぎだと発言する人もいますが、その考え方も無責任で間違っていると思います。

何度も書きましたが、コロナの恐ろしさは、無意識のうちに感染者となり、他者に感染を広げ、油断すると、あっという間に爆発的な感染を引き起こし、さらに、基礎疾患を抱え、免疫機能の衰えている人を死に至らしめる疫病だということにあります。

自分は罹っても平気だとかという発想の人間は、他者に思いやりを持つ必要がないと言い放っているに等しい愚か者です(自分の身近な人がそのような目に遭った時、どう感じるのでしょうか)。

インドでは、たった3日で100万人を超える感染者が出たそうです。

イエメンでは墓を掘る人が足りないそうです。

コロナ感染が爆発的になるということはそういうことです。

いかにして潜在的な感染者を把握するかといえば検査の徹底しかないし、潜在的な感染者増加の状況で観戦を封じ込めるには、ロックダウンしかありません。

 

最後に言いたいのは、オリンピック利権だか、GO TO利権だか何だか知りませんが、自公政権が中途半端な政策でお茶を濁そうとしている内に、多くの国民が日に日に苦境に追い込まれている状況を何としても変えなくてはならないということです。

そのためには、真に国民のために働こうという気持ちを持ち、国民の痛みをわがこととして受け止める政治家が、勇気をもって党を超えて団結し、ドラスティックな発想の転換で、思い切った政策を打ち出してもらいたいと思いますし、今年行われる国政選挙では、私たち国民も、保身や目先の利益なんかではなく、大局的に国民のために汗をかいてくれる政治家を選んで投票すべきだと強く思います。

 

2021年05月01日 > トピックス, 日々雑感
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