事務所トピックス

医療事件日記~病院内での入浴中の溺死事故に関する提訴のご報告

葵法律事務所

このたび、神奈川県内のある総合病院における入浴中の溺死事故について提訴の運びとなりましたので、ご報告させていただきます。

同事件は、かなり前の事故ですが、まったく別事情で提訴に時間がかかり、やっと提訴となりました。
事件の概略ですが、70台の高齢の男性が地元の総合病院に入院となって数日後に、単独で入浴したところ、浴槽内で溺死した状態で発見されたというものです。
この男性は、事故以前から糖尿病と認知症に罹患しておられ、本件事故の少し前にも自宅内で倒れているところを発見され、事故が起きた同じ病院に入院し、その際には入浴は許可されず、清拭のみだったという経緯があり、また、事故が起きる入院の時点で、同じ病院のケースワーカーから店頭の恐れが報告されていたという経緯がありました。
いうまでもなく、糖尿病患者は、低血糖であれ、高血糖であれ、意識消失やふらつきが起きるなどのリスクを抱えていますし、認知症患者も同様です。
それゆえ、本事件の場合、医療側としては、このような転倒や意識消失のリスクの高い患者を単独で入浴させることを許可することが医療者としての注意義務違反にあたるとして、病院側に責任を認めるよう求めましたが、病院側が過失を否定したため、今回の提訴に至ったものです。

超高齢化社会となった日本においては、医療機関であれ、福祉施設であれ、今後、同種の事故が起きる可能性は非常に高くなっています。
私たちは、裁判を通じて、本件のような事故が起きないようにするために、医療者、福祉関係者としてどのような対応をすべきかということについて、可能な限りの問題提起を行い、警鐘を鳴らして行きたいと考えております。

というわけで、この裁判の経過については、今後、節目節目でご報告してまいりたいと思います。

2021年10月30日 > トピックス, 医療事件日記

日々雑感~明日の総選挙の隠れテーマは「大増税」

弁護士 折本 和司

明日は、いよいよ総選挙の投票日です。

今回の総選挙は、本当は、長く続いた安倍政権、菅政権で取られて来た政策や、自民党、公明党などが何を目指して来たかに対する審判でなくてはならないと思います。

しかし、現実には、菅政権があまりにお粗末な対応を繰り返したため、これでは選挙は戦えないとして、直前になって党の顔が挿げ替えられ、その結果、本来、問われるべき安倍政権、菅政権下で何が起きて来たかが曖昧にされ、岸田政権が何をやろうとしているのかが良く見えないうちに、いきなり総選挙の日程がやって来てしまいました。

 

もちろん、トップが代わったわけですから、これまでとは違う政策が打ち出される可能性がないとまではいえませんが、もし、自公政権が続くとすると、今の権力体制で美味しい思いをした人たちが「利権に群がり続ける」という、固い岩盤のような構造が容易に揺らぐことは考えにくいところです。

そして、いったん、その体制が出来上がってしまえば、その体制は最大4年間続くことになります。

如何に選挙が民主的に行われても、ヒットラーのような独裁者は誕生しますし、日本もそれに近い集団的な独裁体制が構築されつつあると感じる人は、私だけではないと思いますが、今のいびつな権力構造が今後さらに4年も続けば、私たちが戦後営々と築いてきた公正なシステムまでもがことごとく破壊されてしまうのではないかという、強い危惧を感じます。

 

バブル崩壊後30年以上が経ちましたが、日本人の平均年収はほとんど増えておらず、消費者物価はデフレといいながら、その当時よりは高い水準にあります。

しかも、今は、国力低下を反映するような円安が進行しています。

日本人の実質的な所得は低下の一途をたどっているのです。

にもかかわらず、事項政権下では、所得の垂直的な再分配はまったく実現されず、それに逆行する政策が遂行されて、貧富の差は拡大するばかりです。

多くの労働者や地道に頑張っておられる中小企業の方々にとって、これ以上今の自公政権の体勢が続くことは、致命的になりかねません。

 

今回の選挙の報道や自公政権の人たちの発言を聞いていて、いろいろ違和感を覚えるのですが、中でも、彼らが、増税についてほとんど語らないことは、いかに選挙で増税のことを言えば不利な結果になるとしても無責任の極みです。

これまで、散々、財政の健全化のために消費税を上げる必要性があると言い続け、今回のコロナ対応でも、GOTO等、様々なバラマキ政策を実現し、おそらく天文学的な金を払って海外からワクチンを買い漁っています。

しかも、景気はコロナで落ち込み、税収も不安定な状況ですから、この選挙が終われば、遠からず、大増税の話が出て来るのはほぼ確実と思います。

もちろん、。増税の話については、野党側もしていませんし、そこを批判する人はいるでしょうが、国庫を預かり、これまで政策を遂行してきた与党こそが一義的な説明責任を負っているのです。

 

選挙が終わり、今の体制が維持されれば、コロナの状況にもよりますが、増税の話が間違いなく出て来るでしょう。

ただでさえ、多くの一般国民の生活は疲弊し、石油など、海外からの輸入品が値上がりする中で、逆進性のある消費税が安易に増税され、様々な税の控除の仕組みが撤廃されるなどすれば、貧富の差がさらに拡大することは必至です。

 

それを語らず、曖昧な希望を語るだけで、今度の選挙を乗り切ろうとする自公政権に対し、私たちは、想像力、洞察力を持って、投票に臨む必要があると思います。

同じ権力体制が長くこと自体が、権力の腐敗を招くということもありますので、未来を少しでも良い方向に変えたいのであれば、明日、必ず投票に行きましょう。

2021年10月30日 > トピックス, 日々雑感

事件日記~突然の成年後見人選任の申立

弁護士 折本 和司

20年以上も交流のあった依頼者の女性が癌の余命宣告を受けられ、相談したいことがあるという連絡をいただいたのは今年5月のことでした。

実はこの方には、障害を抱え、後見を要する状況にあるお子さんがおられ、また多少込み入った事情もありました。

亡くなられた方は、お子さんのことを最後まで気にかけておられましたので、6月にはご自宅まで伺い、いくつか助言を差し上げるなどしたのですが、彼女の訃報が届いたのは、それからわずか10日後のことでした。

お会いした時は、気丈に明るく振舞っておられましたので、まさかこんなに早くお亡くなりになられるとはと驚きましたが、死後への備えのために、きっと最後の力を振り絞られたのだと思います。

 

その突然の訃報から数日後、私は、後見を要するお子さんのために10人近い福祉関係者が集まる地元の会合に出席しました。

お子さんといっても、すでに成人されているのですが、おひとりで暮らすのは到底無理な状況でした。

これまではずっとお母さんと二人暮らしで、お母さんが日ごろの面倒を見ておられましたが、とにかくご本人が安心して暮らせる環境を構築してあげる必要があるということで、すでに仮入所された施設の担当者も含め、様々な関係者が集っておられたのですが、福祉関係者の方々の真摯なやりとりをそばで見ていて非常な感銘を受けました。

ご本人が安心して暮らせるよう、寄り添って生活を支えてあげるということは、これからずっと継続して行かなければならないわけでそれ自体本当に大変なことと思いますが、日々の細かいところまでご本人にとって負担にならない方法を考えながら、役割分担を決めて行く福祉関係者の方々の努力には本当に頭が下がります。

 

もちろん、弁護士には弁護士の役割があります。

やはり、今回の場合は、突然に近い亡くなられ方だったので、重要な書類一つとっても、どこに何があるかすらわからない状況でしたが、当面の目標は、とにかく、早く成年後見人の選任申立を行い、契約や金銭の支払いなど、法律的な手続が進められるようにして行くことなので、緊急性の低いものや、現時点では処理できそうにないものはすべて後回しにして、申立の準備を急ぎました。

厄介だったのは、「要後見状態」であることの証明で医師の診断意見書が必要となるのですが、今回のご本人の場合、かなり以前にそれに類する診断は受けているものの、以後、特に主治医にあたるような医師がいないため、イチから診断意見書を書いて下さる医師を確保しなければいけないという事情もありました。

そのため、本人に関わっていた複数の医療機関にあたり、事情を話してなんとか診断意見書を書いてもらい、その間に戸籍謄本などを揃えるなどいろいろな手はずを整えて成年後見人選任申立の手続を行うことができました。

裁判所も事情を理解してくださり、ほどなく後見人選任に至りましたので、これから順次法的手続に取り掛かることになります。

 

考えてみると、私は、ご本人とも20年以上の面識がありますので、お母さんに頼まれ、ご本人の人生に関わって行くということについては、すごく不思議な縁を感じています。

何よりも、ご本人が安心して暮らして行けるように福祉の方をバックアップしていくことが亡くなられたお母さんに対する何よりの供養であると肝に銘じて、これから成年後見人の職務を遂行して行きたいと決意を新たにしています。

 

2021年09月05日 > トピックス, 事件日記

日々雑感~名ばかり緊急事態宣言を繰り返す愚とデルタ株のまん延がもたらすもの

弁護士 折本 和司

またもや緊急事態宣言が発出(すでに出ていた東京は延長)されました。

そんな状況下でも、利権目当てのオリンピックは開催にこぎつけ、コロナの感染者数が急増する一方で浮世離れしたお祭り騒ぎが繰り広げられるという、例えていえば、戦争で敵が城に攻め込んできているのに、城内で宴を開いているような矛盾した状況が起きています。

今回の緊急事態宣言についても、政治家連中は、毎度おなじみの「最後の」というフレーズをくっつけていますが、もはやギャグでしかなく、小池都知事の「最後のステイホーム」という発言に対しては、ネット上で、「続・最後のステイホーム」「新・最後のステイホーム」「最後のステイホーム・ファイナル」「帰って来た最後のステイホーム」「最後のステイホーム・レオ」など、その発言を揶揄する大喜利が繰り広げられていました。

しかし、緊急事態宣言も、それとどこが違うのかもよくわからないまん延防止~もコロナ対策としてはあまりに姑息的で無意味であることはもはや明白なので、安倍政権、そして今の菅政権のコロナ対策がいかに役に立たない、税金の無駄遣いであるか、そして、本気でコロナ感染を終息させるために何をすべきかについて書いておこうと思います。

 

まず、今の、人が集まるような施設、店舗に時短営業や要請し、飲食店には酒類提供の自粛を求めておいて、その見返りで給付金を支給するという内容の緊急事態宣言は、コロナ感染の終息という目的に対しては何の役にも立たないし、税金の無駄遣いです。

確かに、緊急事態宣言が施行され、1か月もするといったんはコロナ感染者は減少するということがこれまでもありましたから、時短や酒類の提供の制限に一定の効果があるという見方もあると思います。

しかし、コロナの難しいところは、無症状感染者が感染を広めてしまうことで、中途半端な対策では、感染者の徹底した把握も、人の動きを止めることもできず、結局は、無自覚の無症状感染者がいる限り、あちこちでウイルスをばら撒き、感染が再拡大することが繰り返されることになるのです。

特に、今回の感染者数の急増は、主としてデルタ株によるものなので、これまでとは明らかにフェーズが異なります。

デルタ株の感染力は、これまでのコロナウイルスに比べて感染力がけた違いといわれているので(ある記事によると、従来のウイルスはせいぜい一人が2・5人程度の感染力であったのに対し、デルタ株は、一人が7~8人を感染させるほど強い感染力がある、つまりそれだけウイルス量が多いというのことのようです)、中途半端な対策ではおよそ効果が見込めません(ましてやオリンピックというお祭りを並行して実施しているわけですからなおさらです)。

デルタ株の脅威の凄まじさはデータの比較によっても明らかです。

今回の感染者数の急増は、東京が発火点となっています。

その後、東京周辺に広がっていますが、春に急増した大阪は東京ほど急増していません。

この違いはデルタ株の占める割合の差によるものといわれています。

東京の場合、感染者数の90%がデルタ株であるのに対し、大阪は60%にとどまっているからです。

もちろん、大阪でも今後デルタ株の比率が高くなると予想されますが、少なくとも、現時点までの感染者数の推移を見る限り、東京でデルタ株が先行して広がったことが、東京圏における感染者数の爆発的増大を招いていることは明らかです(そしてそれが地方に広がっているわけで、今回の感染拡大の発火点が「東京のデルタ株」であることは明らかでしょう)。

 

菅首相は、感染者数が急増していることに対して、「人流は抑えられている」と的外れな返しをしていましたが(「ではなぜ増えているのか」と追及しないマスコミもレベルが低いとしか言いようがないですが)、そういえる根拠が不明なこともさることながら、そもそも人流抑制は、コロナ感染を抑えるための手段の一つにすぎず、およそ答えになっていません。

十分に予期できたはずの、「感染力が強いデルタ株がまん延する可能性」も踏まえ、先手先手で対策を立てるのが為政者の仕事であり、利権オリンピックの実施や選挙のことで頭がいっぱいで、思考停止に陥っているというほかありません。

 

去年からずっと申し上げていることですが、この状況で、感染を抑え込むためには、検査の徹底か、一定期間の完全なロックダウンの実施しかありません(もちろん、この二つの政策は厳密には二者択一ではなく、医療体制の拡充や入国後の移動の制限、きちんとした補償などと組み合わせてセットで行われる必要があります)。

ロックダウンの実施について、政府は、わが国にはなじまないなどと意味不明なことを言っていますし、憲法を変えなければできないと、この機に乗じて憲法改正につなげようとするような論調もありますが、誤った考えです。

人権が公共の福祉の制限を受けることを明記した現憲法下でロックダウンの実施は十分に可能であり、にもかかわらず、ロックダウンが実施されず、名ばかりの緊急事態宣言で自粛を促すというお茶を濁すような対策しか実施されないのは、目先の経済を停止させたくないという思惑であるとか、ロックダウンが、憲法29条により、国民に対する経済的な補償を行うことを国が義務付けられるのを怖れてのことなのかもしれませんが、いずれにしても本末転倒です。

実際、緊急事態宣言でも、極めていびつな形で、一部の事業者に金がばら撒かれ続けており、にもかかわらず、その効果は限られていて、期間が終了してしばらく経つと感染が増大するということが繰り返され、現在の感染爆発につながっているわけですから、これまでにばら撒いた金は、結局のところどぶに捨てたに等しいと言っても過言ではありません。

しかも、だらだらと中途半端な政策が続くだけで、体力の乏しい事業者はバタバタと潰れ、生活の基盤を失い続けています(私の地元である横浜の関内あたりでも、長く続いてそれなりに繁盛していたような店すらも次々と閉店しており、それを目にするだけで胸が締め付けられるような気持になります)。

 

もちろん、海外でロックダウンを実施した国でも、その後感染者数が増えているという反論はあるでしょう。

しかし、まずは、今の感染状況をいったん沈静化する必要があります(後述する、陽性率からすると、東京圏では数十万人以上の検査未了の感染者がいてもおかしくはありませんし、その人たちが周囲にデルタ株をまき散らしていると考えれば、いかに危険な状況かは容易に想像できるはずです)。

その後は、検査の徹底と、医療体制の拡充、入国後の移動の制限などをセットで行えばよいのです。

なぜならば、今の感染状況を放置すると、感染者数はさらに増え続け、日本全国にデルタ株がまん延することが強く危惧されるからです。

実は、ここのところの陽性率は以前とは大きく異なり、跳ね上がっています。

東京では20%を超え、川崎ではなんと40%を超えています。

このことについて、先日、コロナ対応の最前線で懸命に闘っておられる医師から伺いましたが、この検査数と陽性率の関係については、WHOによれば、5%を超えるかどうかというのが感染をコントロールできているか否かの目安なのだそうです。

つまり、5%を超えなければ、感染増大が危惧されるという状況ではないけれど、5%を超えるということは、市中感染が進んでいることを示し、実際には、それよりも多くの感染者が存在していると見られるのだそうです。

その陽性率が5%を超えるどころか、20%、さらには40%となると、もはや、潜在的な感染者がうじゃうじゃいて、しかもそれが感染力の強いデルタ株ということになると、感染者数のさらなる爆発的増大のリスクはらに高まります(また、医師がおっしゃるには、この時期は、コロナと区別がつきにくい熱中症の患者も多いので、熱中症の患者が紛れ込んでいる中で20%を超える陽性率となっている状況は尋常ではないと感じているそうでした)。

 

菅政権は、コロナのリスクを矮小化しようと必死ですし、高齢者の感染者割合が低いことや死者数が少ないことを理由に、ワクチンの効果が出ているとして、ワクチンに神頼みのようにすがっていますが、起き得るリスクを幅広く想定して、最悪に備えるのが為政者の役目であり、こんな人たちにかじ取りを任せていいのかと強い憤りを感じます。

感染者数が増えても、ただちに重症者数が増えるわけではなく、重症者数が増えても、ただちに死者数が増えるわけではありませんが、要はタイムラグがあるだけで、このまま行けば、いずれ重症者数、死者数が跳ね上がって来ることは必至です。

ついでにいいますと、菅首相は、中等度は自宅でととんでもないことを言い放ち、その後、批判を浴びて、曖昧に撤回しましたが、とんでもない発言だと感じたのは、私だけではないでしょう。

先日お話を伺った医師からも「一定の症状が出ているコロナ患者に対しては、重症化しないように抗ウイルス効果が見込めるレムデシビルの投与等の治療が必要であり、そのためには入院が必須なのに、みすみす重症化させてしまうことになる。政府はコロナに対する医療のことを何もわかっていない」というお話があり、菅首相の発言には憤慨されていましたが、まさに棄民政策を採ると言い放ったに等しく、この人物は国民の命を守るために働く気がさらさらないのだということを改めて強く感じました(やるべきは、断じて患者の切り捨てなんかではなく、検査、医療体制の拡充であり、自宅以外で必要な医療を受けられるような体制作りのはずです)。

 

とにかく、中途半端な政策をだらだら続けても、コロナ感染の爆発的な拡大は防げません。

与野党の垣根を越えて、国民のために何をすべきかを真剣に考えようという人たちが力を合わせて、医療者など専門家の言葉に真摯に耳を傾けて、一刻も早く、コロナにきちんと立ち向かう政策を実施してもらいたいと、心から強く強く望んでいます。

 

2021年08月09日 > トピックス, 日々雑感

医療事件日記~厚労省が定めた「三原則」を守らない電子カルテの証拠保全Part1

葵法律事務所

最近行った証拠保全で呆れかえるくらいでたらめな電子カルテに出くわしました。
いろいろと由々しき問題を含んでいると思いますので、取り上げてみたいと思います。

受任事件は整形外科の症例ですが、医師の落ち度は明白であり、かつ結果も非常に重大となった事故に関するものです。
すでに任意開示で一部の記録は入手済みだったのですが、たとえば、手術記事に肝心な経過が記載されていないなど、記載内容に疑義があって、改ざんされた可能性もあることから、証拠保全の申立に踏み切りました。
当日、病院に赴くと、すでに会議室のような場所に医療記録一式が置かれていました。
しかし、電子カルテですので、それではだめだということを告げ、パソコンの画面上でデータの更新履歴や、出力画面で漏れがないかを確認する必要があると話したのですが、事務方の担当者は、その理由がよく理解できず、しばらくは嚙み合わないやりとりが続きました。
そのやりとりの中で、事務方の担当者に、「この病院の電子カルテはどこのベンダーのものか」と尋ねてみたところ、「自前で構築したものだ」という説明がありました。
自前で構築した電子カルテに出くわしたのは2度目のことですが、この時点でちょっと嫌な予感がしたのです。
実は、電子カルテは、同じベンダーのものでも、医療機関の要求や実情に合わせて仕様がアレンジされていることがあり、保全の際にそれに応じた対応が求められ、てこずることもあるのですが、自前の電子カルテとなると、より病院側に都合のよい仕様になっている可能性があることが予想されたからです。
本来、今回の証拠保全の対象となる診療期間は実質的には3日間なので、スムーズに行けば午後4時前には終わると踏んでいたのですが、その後、この嫌な予感が的中する事態となります。

事務方の担当者では埒が明かないため、電子カルテを扱える別の担当者が対応することになりました。
ただ、ノートパソコンでは印刷ができないとのことで(それもおかしなことではあるのですが)、デスクトップパソコンが置いてある事務局スペースに案内されます。
そこで、私たちは、驚愕の事実を知ることとなります。
この病院の電子カルテのシステムでは、個々の記載の更新履歴を画面上に表示することができず、そのため、更新履歴についてはプリントアウトすることもできないというのです。
「そんなばかな」ということで、「何とか表示できないのか」と食い下がりましたが、担当者は、「そういうシステムになっているので、どうしようもありません」と答えるばかりです。
まあ、こう書くとにべもない対応のように聞こえますが、実際には、担当者の方は、とても誠実な方で、尋ねたことにもきちんと答えてくださり、要求したことにも嫌な顔をみせることもなく丁寧に対応してくださっていたのですが、仕様の問題で如何ともし難いということで申し訳なさそうな様子でした。

この「更新履歴が表示されない」「印刷できない」という不具合は、一般の方からするとピンとこないかもしれません。
しかし、私たちが証拠保全を行う目的は、その時点までのデータをすべて入手し、真相解明に役立てることですから、過去の更新履歴が保全できないのでは証拠保全を行う意味がないに等しいのです。
実際、カルテの改ざんは、日常茶飯事とまでは言いませんが、全然珍しいことではなく、そのため、更新される前の記事を検証することは必要不可欠なのです。
そうしたことを防止するため、電子カルテについては、厚労省が定めた「三原則」といわれるものがあります。
このことは前にも書きましたが、再度書きます。
そもそも、カルテは紙媒体による保存が義務付けられていたのですが、その規制が緩和され、電子保存が可能となった際に、厚労省は、「電子保存の三原則」なるものを定めました。
その三原則とは、「真正性」「見読性」「保存性」の3つです。
この内、「真正性」とは、正当な人が記録し確認された情報に関し第三者から見て作成の責任の所在が明確であり、かつ、故意または過失による、虚偽入力、書き換え、消去、及び混同が防止されていることです。
次に、「見読性」とは、電子媒体に保存された内容を、権限保有者からの要求に基づき必要に応じて肉眼で見読可能な状態にできることですが、「診療に用いるのに支障が無いこと」だけでなく、「監査等に差し支えないようにすること」も必要とされています。
また、「保存性」とは、記録された情報が法令等で定められた期間に渡って真正性を保ち、見読可能にできる状態で保存されることです。
こうしたことは厚労省のガイドラインに書かれていることですが、電子データである電子カルテの場合、容易に書き換えができ、痕跡を残さず改ざんできてしまうという代物ですので、「紙カルテと同等のもの」が確保されていなくてはならないとされたわけなのです。

今回の病院の電子カルテが、この内の「見読性」の原則に反することは明らかでした。
ただ、そうはいっても、そのまま帰るわけには行きません。
そこから、現場での悪戦苦闘が始まったのです。
最初にも書いたように、医療事故の真相究明の観点からして、これは非常に由々しき問題であり、そうしたことも含めて、Part2に続きます。

2021年07月04日 > トピックス, 医療事件日記
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