事務所トピックス
葵法律事務所

ここのところ、立て続けに2件、ほかの弁護士の方から医療事件に関するセカンドオピニオン依頼がありました。
1件は循環器系、1件は消化器系の事件でした。
いずれも訴訟になっている案件で、訴訟手続の中での主張立証に行き詰まりを感じての相談でした。

この内、循環器系の事件は心臓弁膜症の手術後の感染性心内膜炎に関する事故で、医学的な機序や診断治療に関する標準的な知見を理解するのがちょっと大変な事案でしたが、争点整理を手伝ってあげた上で循環器外科の専門医の方をお二人ほど紹介してあげました(ある程度こちらが内容を理解しておかないと協力医の方に失礼になるからです)。
心臓弁膜症の手術後には感染性心内膜炎を発症するリスクが高まるのですが、感染性心内膜炎は治療が遅れると命に関わるため、早期に治療を開始する必要があり、またその際には抗菌薬の投与に加え、外科手術のタイミングも考慮しなくてはならないため、医師としては臨機応変な対応が求められるところ、事件は医師の対応の不十分さが問題となっている症例でした。

専門医への相談の結果、二人目の協力医の方から、かなり有益な助言がいただけたので、これからの主張書面の作成に生かせる見通しとなりました。
ただ、その協力医に意見書の作成までお願いできるか微妙なところもあるので、そのあたりについてはもう少し関与してあげないといけないのかもしれません。
医療事件においては、一言で協力医といっても、意見書作成までお願いできる方とそうではない方がおられます。
私たちとしては、まずは率直な助言がいただきたいので、多くの専門医の方と接点があることの方が大切であり、お立場などいろんな事情もあって、意見書がお願いできないことがあることはやむを得ないとは思っているのですが、はっきりとした助言であればあるほど、ジレンマを感じるところでもあります。

もう1件の消化器系の事件は、裁判といってもかなり遠方の裁判所に係属している案件なのですが、勝負所は画像所見の捉え方ということでしたので、カルテとともに送ってもらった画像所見のデータを協力医の方のところに持参して検討してもらいました。
絞扼性イレウス(腸閉塞)の症例なのですが、絞扼性イレウスも、やはり対処の遅れによって腸管壊死、穿孔、腹膜炎の発症といった生命予後に直結する事態となるので、早期診断、早期治療が必要となります。
特に重要なのはCT等の画像所見で、絞扼性イレウスの早期段階では、静脈の絞扼が先に起きることから、そうした早期段階にあることを示唆する画像所見が確認できるかが結果回避可能性の判断においては重要なポイントとなります。
そこで、協力医の方に、画像を検討してもらったところ、静脈絞扼期にあることを示す画像所見があるとのかなり決定的な助言がいただけたのですが、さらに、こちらの場合は、意見書の作成にも快く応じてもらえることになりました。
最初に相談に伺ってからまだ1か月半くらいしか経っていないのに、なんと、ほどなく意見書が完成しそうな状況になっております。

断っておきますと、いずれの事件でも、患者側の代理人の弁護士の方は、しっかりと事故の中身を検討しておられたのですが、やはり医療事件では、調査、訴訟の過程において、的確な助言が受けられ、できれば意見書作成に協力いただける専門医の方に巡り合えることが、事件の真相解明、適切な解決のためにいかに大切なことかということをあらためて実感しましたし、ご協力いただいている協力医の方々には感謝しかありません。
そして、私たちもそうですが、引き受けた医療事件の真相解明の過程で、壁にぶち当たり、行き詰ってしまうことは、通常事件以上に起こり得ることです。
そうした時には、各地の医療弁護団の所属弁護士など、医療過誤を扱った経験のある弁護士にセカンドオピニオンを仰がれることをお勧めいたします。

2019年02月03日 > トピックス, 医療事件日記
葵法律事務所

新年早々ですが、感染症問題について取り上げてみたいと思います。
感染症に関しましては、現在調査中の案件が複数あります。
それぞれの症例の検討のために感染症の専門医にお話を伺ったりしているのですが、感染症への対応のあり方は、現在の医療現場においては非常に重要な課題であることはもちろん、医療を受ける患者側においても、医療者任せにしないで一定程度の知識を持っておくべき問題であると痛感させられます。

まず、一言で感染症といってもその種類、範囲は幅広く、感染症発症に至る機序も予後も様々です。
しかし、中には対応を誤ると命に関わるものがありますから、そうした場合、実際の医療側の対応として、感染症の起因菌が何であるかがきちんと見極められているか、適切な抗菌薬が選択されているか、その抗菌薬に応じた適切な使用方法が採られているか等、感染症の種類、症状に応じて、診断、治療の手順がきちんと取られているか否かによって、患者さんの予後も大きく異なって来ることになります。
たとえば、心臓弁膜症に対し、弁の置換術を施行した後に、感染性心内膜炎となるという機序があります。
取り換えた人工弁は異物であるため、どうしても菌が付着しやすく、そのため弁が感染巣になってしまいますので、術後に発熱があるような場合は注意しなくてはなりませんし、対応が遅れると、死に直結することになります。
腸管穿孔、イレウスなどでも、腸内細菌が漏出、滲出して腹膜炎となることがありますが、そこから敗血症性ショック(エンドトキシンショックともいいます)に陥るとやはり予後不良となります。
また、元々、糖尿病を患っている方は、易感染症患者といわれて、感染症になりやすいため、特に合併症で壊疽を起こしているような場合は、感染症が潜んでいることもあって、やはりその後の発熱などの経過に注意しなくてはなりません。
とにかく、感染症に至る機序は様々ありますし、さらに、今の日本は超高齢化社会となっており、高齢者は免疫力が低下していることも多いので、体内の常在菌が異常繁殖して感染症を引き起こすこともあります。

感染症の診断、治療に関して特に厄介な問題は、抗菌薬が効かない耐性菌が増えているということです。
抗菌薬の使い方は非常にデリケートで、誤った使い方だと、生き残った菌が抗菌薬に対する耐性を持つことがあるのですが、現実には、耐性菌が非常に増えており、抗菌薬と耐性菌の関係はいたちごっこのような状態になっています。
ですので、感染症への対応は、医療側にとっても、常に新しい知見の獲得を怠ってはならない重要な課題といえるわけです。

感染症が疑われる場合には、まず血液培養などにより菌の同定を行い、さらに検出された菌にどの抗菌薬が効くかを確かめる感受性テストが実施されることになります。
感受性テストの結果の一覧で、Rと書かれていれば抵抗性ありでその系統の薬は効かない、Sと書かれていれば感受性ありでその系統の薬は効くということになるわけです。
ところで、感染性心内膜炎のように対処が遅れると予後不良となる感染症の場合には、菌の同定前の段階で、エンピリック(経験的)治療といって症状病歴などから推定して一定の抗菌薬を投与し、その後、感受性の結果を踏まえて、抗菌薬を変更する手順が踏まれます。
また、抗菌薬の投与方法についてですが、抗菌薬の種類によって、一定以上の血中濃度で菌に作用する時間が長いことが高い効果を発揮させるために必要となる「時間依存性抗菌薬」と、薬の濃度が高いことが高い効果を発揮させるために必要となる「濃度依存性抗菌薬」の違いがあるので、その違いを踏まえて、量と頻度に気をつけながら投与しなくてはならないとされています。
もちろん、抗菌薬の種類も増え、多剤耐性菌も増えているという、以前にはなかった深刻な状況に立ち向かわなければならない医療者も本当に大変だとは思うのですが、患者の立場からすれば、感染症の起因菌に対して適切な対処をしてもらえなければ死に直結することも少なからずあるわけです。

実際、私たちのもとには、明らかに感染症対応を怠ったとみられる医療過誤の相談が舞い込みます。そして、中には、対応した医師が明らかに感染症の診断治療に関する基本的な知見を身に着けておらず、臨床経験も積んでいないとしか考えられないような杜撰な対応によって不幸な結果となった症例がいくつもあります。
たとえば、ある総合病院で、菌の同定、感受性テストが行われるのですが、なぜか、最初使われていた(同定された菌に)効く抗菌薬から効かない抗菌薬に変更し、しかも、使い方についても量、頻度とも間違っていて、その後、患者は敗血症性ショックで死亡しています。
その症例の場合は、おそらく経験の乏しい若手の医師が独断で判断したのではないかと思うのですが、目の前の一人一人の患者の命に関わることなのですから、感染症に関する臨床経験が不十分な医師なら、自身の浅薄な知識で対応するのではなく、謙虚に感染症の専門医の助言を仰ぎ、患者のために万全と尽くしてもらわなくてはならないし、病院においてもそうした仕組み(感染症対応)を周知徹底すべきです。
また、患者の立場からしても、命に関わることですので、最終判断は医師を頼らざるを得ないにせよ、普段から感染症についての理解を深めておくことはマイナスにならないし、こう言っては何ですが、感染症対応を分かっていない医者がいる以上、疑問をぶつけられるくらいの知識を持っておくべき、そんな時代になっているのではないかと実感します。
今後、具体的な症例について、ここで取り上げることもあると思いますので、その都度、ぜひ参考にしていただければと思います。

2019年01月18日 > トピックス, 医療事件日記
葵法律事務所

これまで、電子カルテの問題については、本ホームページでも何度も取り上げていますが、医療事件を扱っていると、電子カルテの問題についてはできるだけいろいろな形で取り上げる必要があると感じます。
正直、電子カルテの記載がどこまで真実を書き記したものか、疑問を感じることも少なくはないのですが、医療事故の真相解明の調査において、カルテ類の入手抜きではお話になりません。
カルテの入手方法としては、証拠保全以外に任意のカルテ開示請求という方法があり、こちらのほうが簡便ではあるのですが、実際にはそれでは不十分だと感じることのほうが多く、カルテの大部分があるにもかかわらず、結局、証拠保全の手続を取らざるを得ないこともしばしばです。
したがって、依頼者の方が任意開示で取り寄せたカルテ類が資料として十分なものかどうか、それ以上に証拠保全が必要かどうかを検討することは、私たちにとってはほとんど習性のようになっているわけです。
任意開示によって入手した電子カルテの場合、漏れてしまいがちなのは、カルテの記載の更新履歴の部分、看護師作成のバイタルの経過メモや、患者への説明文書などのように別に紙ベースで作成されたもの(電子化されて取り込まれるはずですが、漏れているケースもあります)といった類のものです。
こうしたものがべつにありそうで、かつ事案を検討する上でそれが重要である可能性が多少なりともある場合には、手間と費用の問題はありますが、証拠保全手続の実施を検討すべきと思います。

ところで、前にも取り上げましたが、電子カルテの証拠保全は、紙カルテの証拠保全とは違った点があります。
申立段階の手続そのものは同じなのですが、現場でのやりとりがまったく異なります。
電子カルテの場合、パソコンの中(正確にはデータベースの中)にほとんどの記録が入っているので、その中にある、当該の患者さんの記録全てをアウトプット(出力)してもらわなくてはならないわけです。
従前の紙ベースのカルテですと、カルテの記録の束を持ってきてもらい、チェックをしながら、カメラマンに写真を撮ってもらうというやり方でしたが、電子カルテではそのような保全方法は採りません。
保全手続を進めるにあたって基本的に怠ってはならないのは、出力画面において出力されるデータに漏れがないかどうかを確認することです。
その際、特に重要なことは更新履歴の出力です。
不都合な記載を書き換えてしまっていることだってあり得ますし、重要な記載が埋もれてしまっていることもあるからです。
もちろん、遠視カルテシステムは業者によって仕組みが違っており、中には特殊な電子カルテもあり得ますので、実際に印字されたデータを確認しながら、出力に漏れがないかどうかを二重チェックします。
さらに、前述したように、紙ベースのデータが別に保存されている可能性もありますから、その点の確認が必要となりますし、画像検査のデータは別に出力されるので、医師記録と照合しながら、やはり漏れがないかどうかを確認しておいたほうがベターです。
あと、証拠保全手続は裁判所が主導するものですが、裁判所は、基本的に出て来たものをチェックするだけで、対象とされるべきものに漏れがないかどうかといった点まではチェックしてくれません。
一期一会の手続ですので、漏れがないかどうかは、患者側の代理人がしっかりチェックするしかないのです。

最近、医療過誤をわりと多く扱っていた知り合いのある弁護士が、「電子カルテの保全方法がよくわからないので今は扱わなくなった」というようなことを言っておられたのですが、いくつかポイントを押さえさえすれば、そんなに難しいことではりません。
なお、以前だと、証拠保全にプロの写真屋さんを同行していたのですが、電子カルテになり、しかもデジタルカメラの時代になると、プロの写真屋である必要はなく、むしろ、電子カルテやパソコンの仕組みに詳しい方に同行いただくほうが現場での作業がスムーズに進みますし、漏れがありません。
裁判所の補助者という扱いにはなるのですが、当事務所の場合だと、こちらが電子カルテやパソコンの仕組みに詳しい方を指名して裁判所の了承を得て同行いただいております。

以上、留意すべき電子カルテの証拠保全のポイントでした。
参考にしていただければ幸いです。

2019年01月09日 > トピックス, 医療事件日記
弁護士 折本 和司

話題の映画「ボヘミアン・ラプソディー」を観て来ました。

リアルタイムでクイーンのファンだった私ですが、そういうことを抜きにしても、本当に素晴らしい映画でしたので、久々に映画の感想を書いてみたいと思います。

 

実は、映画鑑賞に先立ち、とある避け難い事情があって、偶然、クイーンの名曲「キラー・クイーン」をカバーして演奏するという羽目になり、ちょっとの間ですが、仕事の合間に「キラー・クイーン」を聴きまくるという生活をしておりました。

しかも、その間には、生まれて初めて体にメスが入るという経験も重なり、なんだか大変な時期で、「いったい自分は何をやっているのだろうか?」と自問自答する日々でもあったわけです。

「キラー・クイーン」の演奏も何とか終わり、手術も無事終えたところで、待望の映画鑑賞と相成ったのですが、期待にたがわない最高の映画(&ライブ)体験でした。

あちこちで紹介されている通り、この映画は、クイーンの歴史を、リードボーカリストだったフレディー・マーキュリーを中心に描いた作品であり、彼の45年間のドラマチックな人生が重ねて投影されていることによって、映画そのものも非常に感動的な内容となっているわけです。

あちこちで指摘されているとおり、時系列的なところで史実とは違うなと感じるところもありますし、その脚色が納得できない人もいるのかもしれませんが、個人的には観ていてまったく気になりませんでした。

映画の流れが自然だということが一番ですが、まったくの第三者が作ったものではなく、フレディーをそばで見ていたギタリストのブライアン・メイとドラマーのロジャー・テイラーが中心になって作ったものですから、フレディーの心情がリアルに映し出されているはずで、それが何より大切なことのように思えたからです。

まあ、その他、諸々ありますが、この映画についてはあちこちに詳しい批評が出ていますので、興味のある方はそちらを見ていただくとして、以下は個人的な思いを書いてみようと思います。

 

クイーンはデビュー時から聴いてはいましたが、衝撃を受けたのは、「キラー・クイーン」を聴いた時でした。

フレディーのフェロモンたっぷりのボーカルと、それまでおよそ聴いたことのないような独特の艶のあるブライアンのリードギターが絡み合い、微妙にタイミングをずらすような曲調と合わさって、ぞくぞくしたのを覚えています。

今回、あらためて「キラー・クイーン」を聴きまくった時にも実感したのですが、この曲は絶対にノリや即興ではできない、でもって出来上がった曲の完成度は非常に高いという、本当に不思議な魅力に溢れた曲だし、これを作ったフレディーやクイーンのメンバーの才能は、やっぱりすごいと再認識したのです。

残念ながら、映画の中では「キラー・クイーン」の制作秘話は語られていませんが、「ボヘミアン・ラプソディー」を作った時のように、作り上げられる過程においては、メンバー間でクリエイティブなバトルが繰り広げられたに違いないと思うのです。

ちょっとネタバレになりますが、映画の中で、フレディーがソロになり、そして再びクイーンとして活動を再開するときに、その動機を語るシーンがあります。

キーワードとしては「不協和音」ということになりますが、メンバー間の不協和音が、「キラー・クイーン」や「ボヘミアン・ラプソディー」等の名曲を生み出す重要な動力源になっていたのかなと感じました。

それはたとえば、ビートルズのポール・マッカートニーと他のメンバーの確執があって、「アビーロード」という傑作アルバムが出来上がったことであるとか、解散寸前のサイモンとガーファンクルが「明日に架ける橋」という名曲を生み出したこととかとも一脈通じるようなところがあって、優れたクリエイター同士の我のぶつかり合いによって、創造性に溢れた作品が生み出されるのではないかと思うのです。

 

ちょっと話が逸れましたが、映画には、生涯、彼を支えたメアリーという女性が登場します。

映画の中では、彼女との関係が変化していく中で「ラブ・オブ・マイ・ライフ」という曲が使われているのですが、非常に示唆的です。

実は、クイーンの曲の中で最も好きな曲の一つで、「ボヘミアン・ラプソディー」が入っている「オペラ座の夜」というアルバムの中の一曲です。

普通に訳すと、この曲のタイトルの「ラブ」は、「愛する人」となりそうですが、この映画での使われ方もそうですし、フレディーの生きて来た過程を振り返ってみても、ここでの「ラブ」の意味は「愛する人」ではなく、「愛そのもの」なのではないかという気がしてきます。

つまり、愛する人が去ろうとしていることを悲しむ歌ではなく、彼にとっての「愛」という概念が変化して行くことへの恐れや葛藤を歌ったものではないかと思えるのです。

それだけ、フレディーは、内面で苦しみ、それを最初の内は、他人には分からない形で表現するようにしていたのではないでしょうか。

そう考えると、同時期に作った「ボヘミアン・ラプソディー」の歌詞の中にある「killed a man」も別の意味に捉えることができるのかもしれません。

フレディーが次々と、心を揺さぶるような名曲を生み出し続けることができたのは、彼がそうした葛藤の中で生きて来たことと決して無関係ではなく、まさにそうした苦しみこそが名曲が生み出される源泉になっていたのではないか、映画を観ていてつくづくそんなことを思ってしまいました。

 

この映画は、当初の予想をはるかに超えて大ヒットしており、すでに日本だけでなんと70億円以上の興行収入をたたき出しているそうですが、リピーターの多さも特徴のようで、確かに何度でも「映画館で」観たくなる映画です。

特にこの映画の場合、映画館で一緒になって歌ったりできるという応援上映というのがあるそうなので、今度はぜひ応援上映のある映画館で鑑賞したいと思います。

同じ映画で複数回映画館に足を運ぶのは、「この世界の片隅に」以来となりますが、「ボヘミアン・ラプソディー」は、(音響の良い)映画館で観ることで感動が2倍、3倍になるに違いない作品なので、DVD発売を待つのではなく、興味のある人は、映画館に足をお運びあれ!

 

2019年01月04日 > トピックス, 日々雑感
葵法律事務所

新年あけましておめでとうございます。

今年も、所員一同、お引き受けた事件に誠実に取り組むとともに、様々なご相談にきちんと応えられるよう、研鑽を怠らず、力を尽くしてまいります。
また、安倍政権のもとで、不公正ででたらめな制度が次々と実行に移され、真面目に働く人たちの実質賃金は下がり続ける一方、一部の富裕層のみが巨万の富を形成できるような社会となり、国民の貧富の差が拡大しています。
そのことは、間違いなく、私たち弁護士が扱う事件にも暗い影を落としているように感じます。
世の中が良い方向に向かうよう、日々の業務を通じて、微力ながら力を発揮してまいりたいと考えております。
では、今年もどうかよろしくお願い申し上げます。

2019年01月04日 > トピックス
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