日々雑感~「トランボ ハリウッドに最も嫌われた男」観賞記Part2~「ローマの休日」のことなどなど
前回、「トランボ ハリウッドに最も嫌われた男」のことを書いた際に、「ローマの休日」のことが書ききれなかったので、ちょっとそのことを取り上げてみたいと思います。
「ローマの休日」は、ご存じのとおり、監督はウイリアム・ワイラー、主演はグレゴリー・ペックとオードリー・ヘップバーンで制作されていますが、制作段階でもいろいろと紆余曲折があったようです。
キャスティングについては、当初は、ゲイリー・クーパーとエリザベス・テイラーが予定されていたそうで、そこには予算の問題もあったのかもしれませんが、当時、「赤狩り」に強く反発していたウイリアム・ワイラー監督は、最終的に、同じく「赤狩り」に反対の意思を表明していたグレゴリー・ペックを主演男優に起用します。
そして、オーディションで選ばれたオードリー・ヘップバーンがアン王女を演じることになります。
ちなみに、オードリー・ヘップバーン自身にも、戦争にまつわる辛い体験があります。
ところで、「トランボ」を観た上で、あらためて「ローマの休日」を観てみると、最後のシーンでグレゴリー・ペックとオードリー・ヘップバーンが交わすやりとりに、とても重い意味があるように感じられてなりません。
ネタバレとなりますが、有名なシーンなのでちょっと取り上げてみます。
最後の合同記者会見場で、グレゴリー・ペック扮するジョーが新聞記者であることを知り、アン王女は驚きます。
そして、ジョーの同僚がずっと隠し撮りしていた写真を手渡すとアン王女はさらに動揺します。
その後、別の記者からの、国家間の親善関係について尋ねる質問に、アン王女は、「永続を信じます」と答え、さらに「人と人の間の友情を信じるように」と付け加えます。
すると、ジョーが「私の通信社を代表して申し上げます」とした上で、「王女の信念が裏切られぬことを信じます」と述べるのですが、王女は、「それで安心しました」と返し、微笑むのです。
あらためて思い返すと、このシーンのやりとりには、この原作を書いた当時の、ダルトン・トランボの心境が強く表れているように思えます。
当時、まさに、自身も含め、周りの同志が「赤狩り」に遭って、議会に呼び出され、仲間の名前を言えと強要されていたわけで、そんな中、「人と人の間の信頼が裏切られないこと」が如何に大切なものであるか、そのことに想いを馳せながら、このシーンのセリフを書き上げたのではないかという気がしてなりません。
もっとも、実際の映画では、ダルトン・トランボの原作に付け加えられた部分もあるようですから(有名な真実の口のシーンはそのようです)、もし違っていたらすみませんというしかないのですが、とにかく、あの歴史上に残る大傑作である「ローマの休日」に、より深い思い入れを感じられるようになったわけで、その意味でも、「トランボ」は必見です。
もう一度、「トランボ」のことに話を戻します。
映画のエンドロールで、ダルトン・トランボ本人のインタビュー映像が流れるのですが、そこで彼は、「名前を取り返した」という言い方をしています。
その言葉を聞いて連想したのは、日本の芸能界でも、本名すら名乗れない俳優がいるなあということでした。
もちろん、私たちが知り得る範囲内では、それは思想弾圧というレベルのことではないのでしょうし、端的に、ビジネス上の損得みたいな意図に拠るところが大きいのかもしれませんが、逆にその程度の理由ですら本名を使えなくなってしまう、日本の芸能界やマスメディアの世界は、それはそれでどうなのかと思いますし、その閉鎖的な現状に対しては強烈な違和感を覚えます。
それともう一つ思ったのは、「赤狩り」に積極的に協力した映画人のことです。
映画の中では、ジョン・ウエインや、その後、大統領となるロナルド・レーガン等が登場しますが、忘れてはならないのはウォルト・ディズニーでしょう。
彼が、「赤狩り」で積極的に当局に協力していたことはつとに知られた話です。
何処かで読んだ情報によると、大勢の労働者が必要なアニメ制作にとって労働運動が邪魔だったからなんてことも言われていますが、著作権の保護期間の延長の話も含め、正直、ディズニーのことがどうしても好きになれないのは、そうした黒歴史があるからなのです。
「夢の国」が、多くの映画人の弾圧にウォルト・ディズニーが積極的に関わった黒歴史の上に成り立っていると思うと心から楽しめないところはあります。
しかし、今のディズニー作品には、本当に素晴らしいものがたくさんあるのも事実ですし、ディズニーがあったからこそ、手塚治虫が出て来たともいえるわけで、拘り出したらキリがないとも思ったりするのですけどね。
もう一つ、おまけの感想ですが、この映画で描かれているものは、アメリカ自体の黒歴史ともいえるものですが、こうした作品を商業ベースできちんと映画化できるアメリカというのはやはりすごいなあとも思うのです(封切時には保守派らの批判もあったようですが)。
翻って今の日本でこんな映画が作れるのだろうかと思うと、彼岸の差に愕然とします。
誰もが持っているはずの、自由にものを考え、そしてそれを表現し、伝えることのできる自由を持ち続けることの大切さはもちろんのこと、一見あって当然のように思えるそれらの自由を持ち続けることの困難さ、さらには遅ればせながらも勇気をもって近い過去を検証して告発するという映画を生み出す決断力、実行力の素晴らしさといったものを実感させられますし、勇気づけられる映画なのです。
未見の方は、ぜひご鑑賞あれ!
日々雑感~「トランボ ハリウッドに最も嫌われた男」観賞記Part1
「トランボ ハリウッドに最も嫌われた男」(以下「トランボ」)という映画をDVDで観ました。
考えてみると、もう11月だというのに、今年になって一度も映画館に行っていません。
つくづく、毎日をせわしなく生きているのだなあと実感します。
それはともかく、昨年公開のこの「トランボ」という作品、一見地味ながら、最高に面白く、心に残る傑作でした。
個人的には、これまで観た映画の中でもトップテンに入る作品ですね。
そして、作品の出来の素晴らしさもさることながら、本当にいろんなことを感じ、また、考えさせられました。
というわけで、今日はこの「トランボ」を取り上げてみます。
「トランボ」といっても、何のことかわからない人が多いと思いますが、あの「ローマの休日」を書いた人といえば、興味を持たれる方もおられるのではないでしょうか。
実は、私がそうだったものですから。
といっても、単なる「ローマの休日」の制作秘話のようなお話ではありません。
主人公のダルトン・トランボという人物は、ハリウッドで脚本家として活動する傍ら、共産党に入り、労働運動などに関わります。
しかし、第二次世界大戦が終わって、アメリカとソ連が対立し、冷戦時代に突入すると、アメリカ国内で共産党活動家をターゲットにしたいわゆる「赤狩り」が始まり、ダルトン・トランボら、ハリウッドで活動する人たちも標的にされてしまうのです。
共産主義を信奉する人たちに対して、モスクワと連絡を取り合い、国家転覆を図る危険分子だとの国家ぐるみのキャンペーンが繰り広げられ、結果、多くの映画関係者が共産党員ではないかということで、非米活動委員会なるものに呼び出され、尋問を受けることになります。
大衆芸術である映画産業は、国民に対する影響が大きいので、ハリウッドで影響力の強い人たちがターゲットにされることになったという面もあるのでしょうが、ハリウッドで数百人、国全体で数千人がブラックリストに載り、多くの人が職を失ったそうです。
そうした悪夢のような時代を懸命に生き抜いたダルトン・トランボと、家族も含め、彼を取り巻く人たちの生きざま、葛藤という重い題材を、むしろ、テンポ良く、ウイットに富んだやりとりを交えて描いた傑作が、この「トランボ」なのです。
ダルトン・トランボは、自身の名前では仕事ができないため、偽名を使ったり、他の人の名前を使ったりして作品を世に出します。
「ローマの休日」も、まさにそのような作品で、公開当時、アカデミー賞を受賞しますが、授賞式で呼ばれたのは別の人の名前でした。
それどころか、議会で、自身の誇りと仲間を守るために、敢然と証言を拒否したことで、議会侮辱罪と謂われなき告発を受け、投獄されてしまいます。
それでも、彼は、自分の信念を貫き、偽名を使い、脚本や原作を書きながら、思想自体をターゲットにする「赤狩り」に立ち向かって行きます。
そして、再び偽名でアカデミー賞を取った後、彼は、成長した長女の励ましを受け、勇気ある告白に踏み切るのです。
映画を観終えた時、涙が止まりませんでしたが、しばらくしてからは、もし、自分がその時代、その場所にいたらどのように振舞うだろうかと、ずっと考え込んでしまいました。
映画の中では、当時、抗った人だけでなく、生きて行くために心ならずも転向した人、裏切り、仲間だった人を告発する人、主人公らを避ける人、主人公らを支え、応援する人たちの心象風景が実に丁寧に描かれていましたが、本当にそうなったら、自分はどこに属するのだろうか、自分の信じるものを貫き通せるだろうかと、本当にそんなことを考えさせられたのです。
しかし、こうした迫害は決して過去のことではありません。
実際、「ローマの休日」がトランボの原作であることが正式に認められたのが1993年、映像にクレジットされたのは2010年のことになります。
また、今の日本やアメリカ、そして世界のあちこちを見渡しても、排外的な思想が蔓延しています。
国内でも、権力や金力を持つ一部の人たちが、自分たちの利益を守るために、それに楯突くような人間を排除するということが、ある意味、堂々と罷り通っています。
メディアでさえ、そのような権力者に阿る、そんな時代になっています。
誰もが自由に考え、意見を述べ、行動することができるという、アメリカでも日本でも憲法上保障されている重要な権利は、権力を持つ者にとっては、時に非常に目障りであり、それゆえ、思想良心の自由、表現の自由は、常に権力者の規制の標的になりますし、権力に擦り寄る人たちが、これらの権利の行使者への迫害に積極的に手を貸すこともまた、時代を問わず起こり得ることなのです。
ダルトン・トランボは言います。
「誰もが悪夢の時代の被害者なのだ」と。
現実に起きたことだけに、非常に観ていて心が締め付けられるようなところもあるのですが、映画を観終わった時に心がほっこり温まるのは、彼の生き方が、信念を貫いていながらも、他者に対する寛容の精神に満ちていたからなのだと思います。
自分自身もそうありたいと勇気づけられるに違いありません。
ところで、この映画を観て、いろいろと調べるうちに、「ローマの休日」以外にも、ダルトン・トランボが関わった素晴らしい作品がたくさんあることを知りました。
「ジョニーは戦場に行った」「パピヨン」「ダラスの熱い日」「スパルタカス」「栄光への脱出」といった作品は、いずれも映画史に残る名作だと思います。
とりわけ、迫害を受ける中で他人の名前を使って発表された「ローマの休日」については、映画の中ではさらっとしか触れられていませんが、まさにその時代背景が作品の制作に影響したところもあり、また、実は、ダルトン・トランボの生き方が色濃く投影されているように思います。
「ローマの休日」のことなど、まだまだ書きたいことがありますが、長くなりましたので、Part2に続きます。
日々雑感~憲法劇に竹本香織弁護士が出演します!
神奈川が誇る「がんばれッ!日本国憲法」(通称「憲法劇」)の公演が、来たる5月19日午後7時と、翌20日午後1時、同日午後5時からの計3回、神奈川県立青少年センターホールにおいて上演されます。
この憲法劇は、大勢の市民、県民の方々が参加しており、憲法にまつわるテーマでオムニバス形式の劇と歌で構成されるミュージカル仕立ての舞台で、今年で25回目となります。
今回の舞台では、どうやらあのM学園の問題なども扱われるそうで、どのような描かれ方がなされているか、楽しみなところでもあります。
そして、その憲法劇に、当事務所の竹本香織弁護士も出演することになりました。
もっとも、本人曰く、「出番はわずかで、ほとんど『ウォーリーを探せ』状態」とのことですが、最初は、みんな端役だったりしますので、いつかは主役に抜擢される日が来るのかもしれません。
現在、戦前の治安維持法も真っ青なほどのとんでもない悪法である「共謀罪」をごり押しで成立させようとしている今の安倍自民党のもとで、さらに改憲の策動が進められつつある中、日本国憲法を守り、その理想を世界に広めることこそ、私たち日本人の使命だと思いますし、そんな時代だからこそ、憲法劇のような取り組みを続けることの意義はますます高まっていると思います。
というわけで、興味とお時間のある方、ぜひ、神奈川県立青少年センターホールに足をお運びください。
そして、竹本香織弁護士の勇姿を探して(?)ください。
日々雑感~「鎌倉代書屋物語」と、ある「遺言」のお話
最近、「鎌倉代書屋物語」というドラマにはまっています。
主演は、多部未華子さんで、脇を倍賞美津子さん、奥田瑛二さん、江波杏子さんといったベテラン俳優が固めています。
ドラマ自体も、非情に丁寧に作られていて、心の琴線に触れる良質な作品ですが、観ていてあれこれ思うこともありましたので、ちょっと取り上げてみたいと思います。
物語は、鎌倉で代書屋をやっていた祖母が亡くなり、祖母に反発していた孫娘が、最初は継がないつもりだった代書屋を引き継ぎ、その仕事を続けていくうちに、人間的に成長していくという、ざっくりといえば、まあそんなお話なの(だろうと思うの)ですが、観ていて思ったのは、この代書屋という仕事が、私たちの弁護士という仕事にちょっと似たところがあるのではないかということでした。
たとえば、第2話で、離婚する夫婦が、お世話になった人たちに送る最後の挨拶の手紙を主人公が代筆するという回なんか、まさに、離婚事件に取り組む時に、心にとめておかなければならない貴重なメッセージが含まれているように感じました。
ちょっと話が逸れますが、離婚事件に取り組むとき、「人生の再出発」に力添えをするのだという気持ちを忘れないようにと心がけています。
それは、ある著名な弁護士からうかがったことで、その言葉がとても腑に落ちたため、以後、離婚事件に向き合う際の「座右の銘」にしているつもりです。
ただ、「鎌倉代書屋物語」の第2話では、さらにその先にあるべき離婚事件の終わり方の理想形が描かれているように思えましたし、現実的には必ずしも容易ではないにせよ、事件に関わる上で、これもまた「座右の銘」とすべきではないかと感じ入った次第です。
このへん、詳しくはネタバレになるので書きませんが、とてもいいお話でした。
考えてみると、弁護士の仕事というのは、部分的には代書屋そのものだったりします。
先日も、ある事件で、依頼者に代わって、親族に送る手紙を「代書」してあげたのですが、実際の事件では、そんな局面がしばしば訪れます。
中でも、現在扱っているある遺言作成の事件は、まさに「代書屋」そのものといえるかもしれません。
遺言は、人生のゴールの前に、遺される人たちに想いを籠めたメッセージを残すという作業ですが、財産をどう分けたいかということだけでなく、自分の死後、子供たちが仲違いせずに仲良く幸せに生きてほしいと願って、そうした想いをしたためた文章を作るという目的もあったりします。
今回の遺言の中にも、財産の分け方以外に、なぜそのような遺言を残そうかと思ったか、依頼者の想いを綴る部分があり、先日も打ち合わせをしながら、そうした依頼者の気持ちを書き留めて帰りました。
人には様々な感情があり、またそこに至るまでの長い歴史があるのですが、そんな中から、できるだけネガティブな要素を排し、あとで読む人に遺言者の心情をポジティブに受け止めてもらえるような表現をと考えている真っ最中だったのです。
遺言に綴る文章が、残された人の心に強く響くものであれば、不毛な争いが避けられることもあるわけで、弁護士(代書屋)の腕の見せ所でもあるわけです。
ともあれ、この「鎌倉代書屋物語」というドラマについては、最後まで観続けようと思っています。
大好きな鎌倉が舞台となっていますし、主演の多部未華子さんの演技も見所です。
そういえば、多部未華子さんと倍賞美津子さんは、去年封切の「怪しい彼女」で同じ人物の役を演じており、こちらの映画も最高に面白かったのですが、中でも、表情豊かな多部未華子さんのコメディエンヌぶりは最高で、いっぺんにファンになりました。
もう一つ、そういえば、今年、やはり大好きな作品(漫画)の「鎌倉物語」が、これまた大好きな堺雅人さんの主演で映画化されるそうで、こちらも楽しみなのですが、今年は、大好きな鎌倉がブームになるのではないかなんてことをふと思ったりしています。
皆さん、鎌倉にお出かけあれ!
日々雑感~交通事故事件の受任が増えている中で起きたある出来事
最近、交通事故事件の受任が増えています。
数えてみたところ、訴訟になっている2件を含め、現在進行形のものは7件ほどあります。
元々、交通事故は、医療に関する知見が役に立つこともあって、コンスタントに扱ってはいるのですが、今年になってばたばたと増えてきました。
もちろん、加害者側には通常保険会社がついておりますので、私の場合、基本は被害者側の代理人ということになります(任意保険に入っていない場合に加害者側を引き受けることもあります)。
というわけで、交通事故事件のお話をするのかとお思いかもしれませんが、本日のところはそうではありません。
実は、私自身が交通事故に遭ってしまいました。
といっても、怪我をしたわけではないのですが、あらためて事故の恐ろしさというか、紙一重なのだということを実感しましたので、事故のことを振り返ってお話したいと思います。
実は、ある日の午前中、私は片側2車線の主要幹線道路の左側走行車線を走っていました。
見通しの良い直線道路でしたので、かなり先の信号が青であることを確認しながら、直進していたのです。
右側の追い越し車線は、その先で右折する車が多いこともあって、渋滞気味となっていました。
一方、私の前方ではバイクが走っていましたが、かなりスピードを出していて、どんどん遠ざかって行きます。
そして、私の車が、前方の青信号の交差点に差し掛かろうとしたその時のことでした。
いきなり右側から年配の男性がひょいと現れたのです。
右側の追い越し車線が詰まっているので、横断歩道の手前で車が停止していたのですが、その車の前方を、歩行者信号が赤であるにもかかわらず、横切って来たわけです。
私はびっくりしてブレーキを踏みました。
幸いなことに元々あまりスピードを出していなかったので、その男性の1メートルちょっと手前で私の車は止まりました。
ところが、その直後、ドンという衝撃が後ろから襲います。
私の後方を走っていたバイクが止まれずに、転倒しながら私の車にぶつかって来たのです。
サイドミラー越しに、転倒しているバイクが目に入りました。
一方、前方に目をやると赤信号無視の男性がそのまま横断歩道を渡り切ろうとしています。
私は思わず「危ないじゃないか。何やってるんだ」と怒鳴りました。
すると、その男性は、「俺は障害者だ」と言い返してきました。
さすがにカチンと来て、「そんなことは関係ない。赤信号を渡っちゃだめだろ」と言ったら相手の男性は黙りました。
そこから車を脇に寄せ、バイクの男性に保険会社に連絡を取ってもらい、こちらは警察に連絡です。
すると、信号無視の男性は現場を立ち去ろうとしています。
急いで呼び止め、住所と名前を確認しつつ、赤信号を渡ったことを認めさせ、スマホで録音を取りました。
しばらくすると、警察官が来て、双方から事情を聴きます。
驚いたのは、赤信号無視の男性については、参考人扱いで、非があるのは車間距離を十分に取っていなかったバイクの運転手だとあっさり断定したことです。
こちらも弁護士ですから、事件として扱うことになれば、そうした法的な評価をするかもしれないとは思うのですが、一般常識的には、どう考えても主要幹線道路で赤信号を無視した歩行者が悪いに決まっているわけです。
こう言ってはなんですが、結構スピードを出している車も多い場所ですから、もしそうした車だったら人身事故になっていたでしょうし、死亡事故になっていたかもしれません。
そう考えると、非常に腹立たしいし、自殺行為に等しいくらい危険な行為なわけです。
それでも、人身事故になっていれば、業務上過失致死傷で法的責任を問われるのは運転している側ということになります。
結果は物損のみで事なきを得ましたが、つくづく、車の運転には気を付けないといけない、いえ、どんなに気を付けてもとばっちりのように事故の加害者にされてしまうことだってある、そうした恐ろしさを実感しました。
最後に、事故に遭わないための私の心がけですが、まずは車間距離、次に、先頭を走っている時のスピード制御、道路外から道路に出る時や狭い道、四つ角ではとりわけ慎重な運転を心がけること、そして、「もしかすると人が飛び出してくるかも」「車が強引に曲がって来るかも」という危険予測を常に心がけることといったあたりです。
今回は、危険予測が及びませんでしたが、先頭を走っている時のスピード制御が効を奏して人身事故に至らないで済みました。
運転される方々はくれぐれもお気を付けください。